e日記風 独り言

気まぐれ & 気まま & 天邪鬼な老いぼれ技術屋の日々の記録です。
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-389- 道具
= 今日は画像なし m(_ _)m =
2週間ほど前に 昔の会社の入社当時の部長のM氏が他界したと伝え聞いた。
M氏は有名なカメラ開発者で、PENやXAなる小型カメラを開発した人。入社当時は私が電気専門で、M氏はメカ専門ということもありあまり身近な存在ではなかった。しかし、何年かして私が開発に入り込むにしたがって関わりが多くなった。
私は生来が新し物好き。何かと新しい技術を考えては、嬉々として仕様を提案すると「いや N君、カメラは所詮写真を撮る道具だ。最高の道具は思いのままに動いてくれる手だが、流石に手では写真が取れないからカメラがある。カメラも道具であるからには、写真を撮るために手のように自由に操作できなくては良い写真は撮れない。技術が主張しすぎたような商品は、意のままに操ることは出来ず撮影に集中できない。そんなカメラは良い道具とは言えない。」と言うようなことを言われてほとんどの提案を却下された。カメラに対するすさまじいまでの思い入れというものを感じさせる人だった。
時は流れて入社10年位した頃、カメラ1機種の電気回路を任せられるようになって、M氏も開発から本社に移動したので、新しい部長の下で今まで溜め込んだアイデアを、この時とばかりに盛り込んだカメラを開発した。商品としての結果は惨憺たるものだった。
勿論、技術の熟成という問題もあったが、商品化戦略が貧弱だったことは明白であった。しかしながら、そのときに仕込んだ技術はその後のカメラの設計を大きく転換したことも事実で、M氏の言葉を噛み締めながらも「技術が熟成するのを待っていたのでは、技術競争に負けてしまう。生き残るためには技術誇示の商品を仕掛けて市場に認知させる力も大切」と思うに至った。
思えば、あの時代の環境急変、とりわけM氏に対する反撥心が私の技術屋人生に大きく影響したことは疑いようがない。もしM氏が人間的にも もう少し大きかったなら私の人生も全く違った方向に向かっていたのかもしれない・・・などとしみじみ考えた。



2009/08/12