【Ⅱ】 頭脳労働へのヒント


ドキュメント履歴: 2003-08-xx 初回アップ

Ⅱ-7.思い込みのマジック

 謙虚さは人間にとって美徳である。
謙虚さを失った他人を客観的に見たとき苦々しさを覚え、ましてや自己を反省して謙虚さを失っていたことに気づいたときはいたたまれない思いにかられる。しかしだからと言って、火事場のばか力で箪笥を持ち上げている人間に己の普段の力を思い起こさせることは愚行であろう。人は時として、普段の力の何倍もの能力を発揮することがある。こうだと思い込んで疑うことなく邁進する人間には計り知れないエネルギーが感じられる。いわゆる「とり憑かれた」状態である。もちろん逆の状況もある。超能力がイカサマであっても一旦信じれば非道で無謀な殺人罪さえ犯すのも人間だ。
 新製品を開発していて大ヒットをとばす発想が生まれた時、新技術の開発をしていて大きな技術革新のヒントを得た時の人間にはこの「とり憑かれた」状態が訪れているのではないだろうか。ヒットした新製品の開発物語を読んだり、私の数少ない技術開発の経験から言っても、どの場合をとっても謙虚さという言葉は出てこない。後から振り返ってみれば「あの時はどうしてあんなに大胆な判断が出来たのだろうか。」とか「いま冷静になって考えたらとてももう一度同じことはできない。」といったような、往々にして自分ですら信じられない大胆な決断とエネルギーが存在しているのである。このエネルギーが回りの人間までをも励起状態に巻き込んで不可能が可能に変わっていく。
 高校野球などのスポーツでもこうした例は良く聞かれる。最初はとても全国レベルではないような弱小チームや問題チームが、一つの勝利をきっかけにチーム全体が励起状態となり、最後は全国の強豪チームを相手に立派な戦績を上げることがある。一人のアスリートのゲームでも、何人かが集まったチームでもこうした興奮の励起状態が大番狂わせを実現していく。
 結果を出せる人間の中には、自ら思い込ませる術を心得ている人がいる。自分で自己暗示をかけて最高の能力を発揮する。こうした人は何回かの成功体験を経て、心にターボチャージャーを付けることを会得したのだろう。
 逆に一人の人間がこうした「とり憑かれた」状態になったときに、回りから冷水を浴びせて我に返すことは簡単である。2~3回も冷や水を浴びせれば多くの場合に励起状態は低エネルギー状態か、ネガティブ状態に移行してしまう。もしこうした冷水を掛ける様な人間が組織の中に居たとしたらその時は思い切ってこの人間を外すしかない。たとえ創造性を求められるエンジニアであったとしても、10人が集まれば必ず一人か二人はこうしたネガティブ人間が混じる。彼らは、自分の目で見える範囲・頭で理解できる極めて狭い範囲しか認められず、逆に自分の理解できない方向に物事が動いていくのが不安で仕方ない人間である。こうした不安状態に陥った彼の冷却エネルギーもまた凄まじいことがある。そうした人間を組織内に置いたままでは、目的のプロジェクトが成功する確率は低くなる。
 周りの人間、特に上に立った人間は開発者や企画の人間がこうした励起状態になる素質があると判断したら、そしてその励起状態に相応しいアイデアや企画を彼が思いついたと見て取ったら、おだてたり、場合によっては理不尽にわざと反対してエネルギーを自己増殖させてその人間の内部を励起状態にさることが必要である。そうしておいて外部要因を整えるなどしてから時期を見てスタートのゲートを開けて一気に彼の情熱を出口へと導く。そしてその励起状態が長続きするように、或いは壁に突き当たったり失敗したりしてエネルギーが消失しそうになったら、激を飛ばして励起状態を持続させるように努め、自分を含めプロジェクト全体が励起状態となって核爆発のようなエネルギーを出す方向にもっていくべきである。
こうしたエンジニアやそのプロジェクトチームが、破竹の勢いの高校野球チームと同じように古い不可能を新しい可能にしていく。

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