【Ⅲ】 番外編 その2


ドキュメント履歴: 2008-07-xx 初回アップ

Ⅲ-2.プロジェクトとはメンタルな山登り

1.たった一度の山登り経験から
 スポーツ、とりわけ山登りに関して何か言う資格が私にあるとは思わない。中学時代に全員登山で木曽駒ヶ岳、社会人になって3年目くらいに同じ寮の先輩に誘われて近くにあった蓼科山に登ったのが経験の全てである。しかし、特に社会人になってからの山登りの経験は得難いものだったと思っている。
 ハイキングの延長程度で上れる蓼科山とはいうものの、バスを降りて女神茶屋のあたりから登山道に入り背丈ほどのクマザサを押し分けて進み、約2時間を過ぎると立ち枯れの木々もまばらになってくる。途中から大きな火山岩の岩塊を避けて上る頃になると、後方の視界は開けるものの登山初心者の私にはただただ山登りのきつさだけが感じられた。先輩の説明と経過時間からすれば、まもなく山頂に到着するはずとは分かっていても、目の前は大きな黒い岩だけが立ちはだかって行く手を阻み、目的地の頂上すら遮って目標までの距離が判然としない。どこまでこの胸突き八丁が続くのかと疲れと不安がないまぜになった気持ちでひたすら登り続けて、ふと気づくと斜度が急になだらかに感じられた時には、もう頂上の標識がそこにあった。
 頂上に立って、南アルプス連邦、遙か彼方に北アルプスの山々、それらの手前に広がる白樺湖、登ってきた方向を振り返れば八ヶ岳の山々と 360°の展望が得られたその瞬間には、かいた汗も疲れも忘れ今までの不安や大変さは雲散霧消して、成し遂げたことの満足感に浸ったことを今でも忘れない。

2.デジタルカメラの登場
 そんな経験から、過去に一度だけプロジェクトの正否を握るような分岐点で、山登りを引き合いに出して仲間を叱咤したことがある。
 話はちょっと古いが、1980年代に入ってムービー用途では 8mmカメラがビデオカメラにほぼ置き換わり、スティルでも家電のソニーからマビカが発表されて、いずれはフィルムカメラも電子映像に取って代わられるという危機感から、フィルムカメラメーカーもこぞってビデオ技術、デジタルカメラの研究開発に乗り出す中、1995年にはついにカシオから驚くべき低価格なデジタルカメラ QV-10が発売された。
 当時私が在籍していた会社でも、それまでビデオカメラやビデオスティルカメラの開発をやってきた電子映像部隊にデジタルカメラの開発テーマが割り当てられ、それまでフィルムカメラの開発しか担当したことのなかった私が新規事業の立ち上げという命題をもらって、デジタルカメラの一開発部隊が私の下に付いた。
 何度も経験しているフィルムカメラでもレンズ設計から入れば発売までに 1.5年、新しい技術の新規製品はプロジェクトスタートから 3年はかかるというのが常識の時代に、技術力・ブランド力が 2流の会社が他社並みの開発をやっていたのではプレゼンスがないというトップの認識で、とにかく着手から 1年でデジタルカメラを商品化しろというのが、プロジェクトを割り当てられた私に社長から下された命題だった。
 デジタルの概念やマイクロコンピュータといった技術は押さえていたものの、電子映像技術には明らかに素人の私に、それまで全く違うタイムスパンでデジタル映像を研究してきた周りの人間は寄ってたかってデジタルカメラの開発は 2年未満では不可能と主張する中、事実他社は 2-3年のスパンでプロジェクトを進めつつあるときに、1年という無謀な日程を立ててつつ「使えるものは自社・他社問わず何でも使う」「日程こそが最大のスペック」という方針でそれをクリアーし、その勢いを駆って 2号機の開発も完了させた後で、いよいよ真打ち登場という感じで、私のプロジェクトが時間稼ぎをした本格的自社開発商品プロジェクトが山場にさしかかった。

3.プロジェクトの山場と山登り
 私が担当した1号機、2号機はデジタル処理のエンジンや製造は他社に依存し、レンズやストロボ、外観といったフィルムカメラの得意技術だけを自社で供給して立ち上げたのに対して、3号機はレンズはもちろん CCDの開発からデジタル処理エンジンまで自社でこだわって開発した戦略商品だった。元々「2年は必要」と主張して引き下がらないデジタル映像専門家達に私の部隊がプレゼンスを示すための商品を「繋ぎ」として投入して時間稼ぎをし、その間にこの戦略商品を開発完了させ市場投入しようという目論見だった。従って当時のデジタルカメラ開発部隊は2分されて、私の率いる一方の部隊は技術よりも日程を、もう一方の部隊はじっくり仕様を詰めて自社技術を蓄積することが求められた。そのもう一方のプロジェクトが製造移管の日程が迫る中、開発拠点を工場に移しても一向に試作品が動作する気配がない。
 1-2号機と立て続けに脚光を浴びて、デジタルカメラレースでダークホースのように業界のトップに躍り出たことに気をよくしつつも、続く3号機の目途が立たないことに焦ったトップは、1-2号機と目標をクリアーした私に、3号機のプロジェクトも采配をふるうように打診してきた。
 私は、しかし残された市場投入までの日程が数ヶ月と迫っていることを考えると、ここで製品の中身に精通していない私が入って技術的なポイントを理解しつつ日程を守る事よりも、彼らに引き続き任せることの方がいいと判断した。おそらくは、デジタル映像技術には長けていても製品化の修羅場を知らずに育ってしまった技術屋が、製造移管の日程が刻々と迫り来る中、浮き足だって周りが見えなくなって個々の不具合解析などに右往左往しているのだろうと踏んだ。そこで部隊の本拠地が移されていた工場に出かけて、何人かのプロジェクトメンバーや、製造を移管される側の工場の技術の担当に話を聞いた。
 結果は、案に違わず製造立ち上げの経験のない(必ずしも若くはないがプライドだけはある)技術者が、日々報告される不具合に追い回されて仕事の優先順位も決められず憔悴しきっており、工場側の技術者はそうした不慣れなプロジェクトメンバーに不信感を募らせて不協和音でプロジェクト全体が軋んでいた。そこで私は何人かのプロジェクトの中心メンバーを集め、彼らの話を聞きつつ、最後にささやかな山登りの経験を話した。
「あなた達は今、山登りで言えば丁度8合目辺りにさしかかっている。山裾の方を登るうちは登るべき頂上も見えるし、道はなだらかで和気藹々としていたのに、6合目辺りからは近づきすぎて頂上も見えずに胸突き八丁の連続で目に入るのはゴツゴツした岩塊だけで自分たちの進み具合さえ見えず辟易としている。でも、頂上のない山はない。もう少しがんばって頂上に登れば、360°の展望が一気に開け、それまでの苦労が嘘のように全部喜びに変わる。雑誌記者や業界関係者が羨望の眼差しであなた達を見るし、店頭にはあなた達の担当した商品が積まれ、お客さんがそれを指名で買いに来る。観光地に行けば、知らない人たちがあなた達の商品を笑顔で使い、それを見るたびに『ああ、あの苦しいときに途中で挫けて引き返さなくて良かった。引き返していたらこの達成感は味わえなかった』と思うに違いない。もう一踏ん張りだから、頂上を目指して頑張って欲しい。」と言うようなことを話した。勿論その後の工場との折衝や、仕事の優先順位付けなどのサポートはしたが、けっしてプロジェクトのリーダーになり代わるようなことはしなかった。
 こうしたサポートがどれくらい効いたかは分からないが、幸いにもこのプロジェクトも最終的にはそれほど大きな日程の遅れは来さずに、製品が発表されると市場では一段と大きな反響を得た。そして、後になって気づいたのは、製品の成功よりも何よりもこのプロジェクトのメンバーが得た成功体験という大きな成果は、その後の開発部隊の財産として培われた最大の成果だった。

4.一度頂上を極めた人間は喜びを知っているが、知らなければ8合目からでも引き返す
 他人に対して、プロジェクトを山登りに例えて諭したのは、後にも先にもこれ一回だけだったが、私自身は自分の担当した製品開発の何回目かの修羅場でこのことを思いついて迷いを振り切って以降、途中で引き返したいという思いがよぎることはなくなった。と言うのも、私は幸か不幸か製品開発の1年坊主の最初から大量生産品の開発に投入され、右も左も分からないうちから製品化の修羅場を知らず知らずに乗り越える術を身につけてきたが、そうした中でも、本当の修羅場にブチ当たったときには「本当にこの問題は解決できるんだろうか?」という不安に苛まれることがよくあった。しかしこうした不安を感じているうちは問題解決のために集中することは難しい。ところが、そうした修羅場でいつも最後に自分を納得させて迷いを吹っ切るのは「いつの時も、解決されない問題はなかった。そのときはどんなに困難な問題に思えたとしても、困難な方向に一歩一歩進んでいけば、最後は必ず成功する。」という信念だった。そこからたった一回の山登りの経験に例えて「頂上のない山はない。頂上に登りさえすれば、それまでの苦労は一気に喜びに変わる」という教訓を得たのだ。
 本当にこの道は進めるのか、それとも楽な道を引き返した方がいいだろうかと悩んでいては、目の前の問題の解決シナリオさえ浮かんでこない。そして、その負のエネルギーを正に転じない限りは、問題を考えて考えて考え抜く精神力も、解決の糸口となるアイデアすらも湧くことはなく、進むべき道はいつまでも見えてこない。
 このように開発者にとって、あるいはプロジェクトマネージャーにとって、頂上を極めた喜びという成功体験は最後にして最大の宝刀とも言うべき神通力のような力だと思っている。

著作権は Y.Nakajima に属します。 無断転載は禁じます。




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