ドキュメント履歴: 2003-07-xx 初回アップ
2.デジタルマルチメータが技術者をダメにした?
若い技術者が技術検討を終えてレポートを提出してくる。
私は普段からレポートの1ページ目の書き方に付いては非常にうるさい。レポートの1ページ目とは第一印象を決めるという意味でまさしくそのレポートの顔であって、そのレポートが他の人に読まれて、自分の仕事が他人に理解してもらえるか否かを決める顔である。たとえ非常に貴重な内容を含んでいる検討レポートであったとしても、1ページ目の書き方が難解であったら読もうという気力が削がれてしまい、ただの紙きれになってしまう。3分間で検討の概略が読み取れるようでないと、折角の汗の結晶も忙しい上司からは義務的に判子を押されこそすれ、適切な評価はしてもらえない。私に限らず、一般的に技術屋という人種は思い込みが激しく、他人の仕事内容を深くは知りたがらず、自己以外の業績に対しては適切な評価をしたがらない。そんな人にとって難解な表紙のレポートは読まないための格好の口実を与えているようなものだ。だからレポートの1ページ目は最大限読みやすく、内容が把握しやすいように書く必要があると繰り返し指導している。
それが、1分とかからないうちにミスを見つけてレポートを突き返さなければならない場合がよくある。明らかに結果の数値がおかしい、場合によっては1桁以上も結果が違っていて mAオーダーでDCモーターが回転していたりするレポートがあったりするのである。何通かめにこうしたレポートを受けとって私は悩んだ。如何に経験に差があろうとも私が3分で気づく間違いに、何時間も何日もかかって検討し、さらにレポート作成に際しても結果の見直しをしたであろう本人が何故気づかないのか? そしてある時、そんな技術者と一緒に実験しながら私は はっと思った。
「オートレンジのデジタルマルチメータのせいだ!」
昔私が子供の頃、真空管で(カビ臭い話だが)ラジオを作ったときは、電流を測定しようとすれば、まずその回路にはどれ位電流が流れるか考えてから電流計をつないだものだ。レンジを間違えてつなごうものなら、当時の電流計の針はピーンと振切れて、一瞬にして曲がって使いものにならなくなってしまうことすらあった。実験室の棚にはいつも針の曲がったメーターがいくつかさらし物のように並べられ、こんなヘマをしないようにと忠告していたものだ。学校の理科室で貴重なメーターの針を曲げた者は先生からひどく怒られ、以後しばらくは使わせてもらえないとしても仕方のないことであった。
だからメーターを使って測定をしようとする者は誰でも最初に、この回路に電流は一体いくら流れるべきか・条件によるバラツキはどれくらいか・レンジは余裕をみるといくらにすべきか。 等々・・・必然的に考えざるを得なかった。結果として電源を投入する時は既に測定結果に対する期待値が頭の中にあって、実験とは即ちこの期待値と実際の結果との照合作業であった。その習慣は例えオートレンジの測定機を使うようになっても消えることはなく、期待値と結果が異なれば測定結果を書き写す前にその場で「何が違うのか・設計に間違いはないか・考え落ちの条件はないか」等々すざましい勢いで脳ミソが回転を始める。そうしたことがいく度となく繰り返されて実験検討が終了するまでにほとんどのケアレスミスは発見され、その場に居合わせない他人からデータの間違いを指摘されることなど考えようもない。
ところが最近はどうだろう。今はオートレンジで高精度のマルチメーターがアナログメーターよりはるかに安価に入手出来る時代である。色々細かな事を考えずとも、つなげばすべて結果が出てくる。例え電流モードと電圧モードが違ったって、まず壊れることはない。測定モードもレンジもリミッターが働いてオーバーレンジになってから切換えればいい。3桁以上の精度を必要とする測定だろうと、何の工夫もせずにいきなりメーターをつなげば(その結果に意味があるか否かは別とすれば)デジタルで4桁も5桁も表示される。通常有効数字3桁以上の精度の実験は色々な工夫をし、細心の注意を払って行わなければ意味がないはずである。しかし高精度測定機では、とにもかくにも結果が得られるのである。
「いろいろ考えるよりはまずつないで見るのが早い。高精度な測定機の表示した結果は真実であり、疑うことなど徒労に過ぎない。やってみて測定器に<オーバーレンジ>と怒られたら、そこで考えればいい。」という習慣が普通になったとしても不思議ではない。期待値を持たないままに実験に臨んだり、持っていたとしても逆に期待値を結果に迎合させてしまう習慣が普通になってしまう。これは、単に測定器のつなぎ方の問題だけに留まらず、例えば実験に使用する高性能で高集積な高機能汎用ICはその内部構造はブラックボックスとして、若いエンジニアが内部の動作に思いを馳せることを拒否し、とにかく簡単に効率よく目的を達成してくれる。こうした部品が溢れているのに、何も苦労して単機能のICやディスクリート部品を組み合わせて実験をすることはない。現代はこのようにして、目の前の結果に悩んだり疑うチャンスを便利な測定器や部品に奪われてしまった技術屋が乱造されているのではないだろうか。
これは文明の利器がはびこって、人間が本来自然に身に付けるはずの能力を奪いつつある現代の現象、例えば自動車が発達して人間の脚力を奪いつつある現代の症状と似ているかも知れない。いずれにしても便利な測定器が技術者の能力の醸成を阻害してしまったのだ。
著作権は Y.Nakajima に属します。 無断転載は禁じます。
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