気まぐれ & 気まま & 天邪鬼な老いぼれ技術屋の日々の記録です。
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-445- W杯報道 = 今日は画像なし m(_ _)m = | |
本田の大活躍で、日本がW杯では望外の活躍をしている。あちこちに俄かサッカー通やファンが急増している(私もその一人だが *1)。不景気やら政権への不満やらの暗い話題が一遍に吹っ飛んで、その昔オリンピックで日章旗が上がって敗戦の沈滞ムードが吹っ飛んだとかの話を彷彿とさせる。鳩山政権の挫折や参議院選も霞んでしまった。 それはそれとして、夜中のゲームの模様が写真付きで翌朝の新聞やTVニュースに掲載されるのが普通になってきた。今は既にそれが普通に思えるが、長野冬季オリンピック以前はそんなことはなかった。結果だけは文字情報や音声情報として伝わっても、映像が伝わるには1日以上のタイムラグがあった。それも多くはモノクロで。 当時、写真はフィルムに撮影するのが普通で、フィルムの場合現像してからファクシミリで送信すると言う手順が必要なため、カメラマンがフィルムを取りだすと、それを通信員がもって支局に駆け込み、現像してファクシミリにかけて遥か日本の本社に送るという手順が必要だった。カラー写真は現像も送信も大変でもっと時間がかかった。ごく一時期、一足早く動画が衛星回線を通じて伝送されるシステムを実現し、一目でそれとわかる画質の悪いTV画面のコピーが新聞紙面に掲載されたこともあった。1998年の長野冬季オリンピックでは、デジタルカメラの技術が実用化しつつあり、エンジニアが何人か派遣されてカメラマンのサポートや研究目的で状況把握にあたった。 それ以降、デジタルカメラの実現でそれらが一遍に進歩して今のような状況が生まれた。フィルムの現像は必要なく、撮った写真はカメラから直接無線で近くの基地局へ、更にはインターネット回線を通じて日本へとあっという間に送信され、翌朝には新聞紙面を飾ることが普通になってしまった。 今やこうした恩恵が普通の事のように思えるようになったが、時間としてはまだ僅か 10年ちょっとしか経っていないことに気付いて、本田のシュート場面を新聞で見つつ感慨にふけってしまった。
*1:我々の世代では、学校の体育の時間にサッカーという授業はあったものの、遊びやクラブ活動でサッカーをやることはほとんどなかったので思い出はほとんどない。ただ唯一、大学の教養課程の体育でサッカーがあり、その時のゲームでたまたま運よくパスを受けてドリブルで1~2人のディフェンスを抜いてゴールキーパーと対峙して、慌てふためいたキーパーを相手に落ち着いてかわしてシュートして得点した。それから2~3か月して、自然気胸が見つかって体育を休んで見学にしたこともあってか(先生が肺に穴があいているのに良く頑張ったと同情してくれた?)、教養課程では<唯一>「優」をもらった記憶と重なって、あの時のキーパーと対峙した時のドキドキした気持ちが懐かしい。
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2010/06/27 |
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