e日記風 独り言

気まぐれ & 気まま & 天邪鬼な老いぼれ技術屋の日々の記録のうち、個人的な思い出や生活、食に関する話題のページです。
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-1167- 痛ましいニュース:続き
痛ましいニュースを取り上げていたら、今朝になって理研の笹井副センター長が自殺したと言うニュースが報じられた。驚き半分だが、正直に言えば「ついに!」と言う気持ちもないではない。と言うのもあれだけ注目された事件の渦中にあって、責任感が強ければ正常な神経ではいられないだろうと思うから。
幸いにして私はここまでの大きな渦に巻き込まれたことはないし、巻き込まれてももっとずっと小さな渦の端の方でアップアップしていただけだが、それでも誰でも仕事をしていれば時には「この状況が夢であってくれれば」「明日朝目覚めた時に、この問題が解決していてくれたら」などと考えることは何度かあるだろう。
仕事と言うのは総員の賛成で進められることはなく、むしろ大方の反対を押し切って進める必要があることが多い。全て手順が公正でも結果が伴わなくては意味がないし、逆に結果オーライならいいという面もあって、時には策を弄する必要もある。それやこれやで十中八九は針の筵の上に座わらされているような状況で、何も問題がなくても少しでも隙があれば足を引っ張られ、不運にも自分の判断ミスで問題が起きようものなら反対していた連中からはここぞとばかりに「それ見たことか」と一斉攻撃に晒される。そんな時は落ち込んで、本当に「この世から消えることができれば」とすら考える。
私自身について言えば 1980年代のはじめ頃だっただろうか、不相応に大きなテーマを割り当てられたことがある。それまでの上司の方針とは正反対のテーマで、従ってそれまでの研究の蓄積もなく特許もほとんど他社に抑えられた中で革新的な製品を出すことを期待されたものの、当時の状況では尋常な解決策はとることが出来なかった。だから開き直って、特許交渉を前提で進めることにしたが、途中組織の変更などを経る中でその前提がやり玉にあがり製品の計画はとん挫してしまった。どうせとん挫するなら、最初から「出来ない」と開き直っておけば、1年近い期間皆を無駄に働かせることもなかったのに、と悔やんだ。恐らくは開発中止と言う最終結論が出るまでの 1~2か月の間だったと思うが、何度か通勤途上で渡る橋の上から下を見て「この橋の手すりを乗り越えれば一瞬で楽になれる」と言う思いが頭をかすめたこともある。ただ、楽天的な性格が幸いして「あんな苦しい時もあったなぁ、と思える時がいつか来るに違いない」と考えられたし、家族のことだって同時に考えるから、それ以上の事にはならないで済んだ。事実、それから10年と少しした時、あの時は向かい風を送ってくれた人たちですら認めざるを得ないような仕事のチャンスが訪れて、その時だって何度か苦しい思いはしつつも、そうした経験やかつての悔しさをバネにして乗り越えることができた。
人それぞれ、状況や感性は違うから安易なコメントはするべきではないが、笹井さんと言う方は幹細胞や再生医療の天才とも評されていたらしいから、ここが本当の踏ん張りどころだっただろうに、もはや「あんな苦しい時期もあった」と振り返る可能性すら失われてしまったことは残念だ。合掌

写真はオオイヌタデ、だと思う。草花の名前で<イヌ>と付くのは、観賞用や食用にもならない役立たずという場合らしい。しかも食用になるタデですら、蓼食う虫も・・・のタデだから、人間には散々な名前を付けられた草ということになる。だがそれは人間の勝手な価値判断。どんな植物も存在理由があり、それぞれに子孫の繁栄に一生懸命生きている。
2014/08/05