e日記風 独り言

気まぐれ & 気まま & 天邪鬼な老いぼれ技術屋の日々の記録のうち、政治や思想・社会問題に対する勝手な私見を書いてみました。専門家ではありませんが、岡目八目という言葉もある通り、時には本筋を突いていることもあるかも?
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-551- 原子力安全委
= 今日は画像なし m(_ _)m =
今日の朝日新聞朝刊の5面記事によると、原子力安全保安院や原子力安全委員会のトップ達が電源喪失という事態が起きないという認識を持っていたのは甘かったと陳謝したと報じられている。
眼前に電源喪失と言う事実を突き付けられては申し開きのしようがなく、反省を口にしたのだろうけれどどう考えても「甘かった」程度の話ではない。以前にも書いたが、非常用のバックアップ電源を持つのは電話局などの大切なインフラ設備とか病院など、停電で業務が中断しては困る施設ならどこでも常識になっている。原発と言う一歩間違えれば日本の半分程度が住めなくなってしまうような危険な施設でも、それらと同程度のバックアップしかなく、しかもその自家発電機が浸水で使えなくなる地下に置かれていたと言う事実は、原子力利用の専門家が如何にリスク管理に頼りないかを物語っている。しかも、それでも尚つい昨年の衆議院経済産業委員会で電源喪失に関する質問を受けて「電源喪失はあり得ないと言うくらいの安全設計がされている」と大見えを切ったと言うから驚きである。
おそらく原子力利用の専門家集団と言うのは、師弟関係等の人間関係を軸とした学会などの厳然としたヒエラルキー構造が存在し、それが災いして外部からの意見に耳を傾けることをせずに来たのだろう。原発ありきの学者からすれば、全てのリスクを考慮していたら原発なんて建設できないと言う思いが根底にあって、そうした組織の中に閉じこもったまま反対意見を排除して推進してきたことは想像に難くない。しかし本当に冷静に見れば、多くの先進諸外国と違い地震も津波も桁違いに多い日本における原発は、一歩間違えれば砂上の楼閣どころではなく「一触即発の原爆貯蔵庫」になり得ることは想像できたはずである。
人類はガリレオの時代から、権威が過ぎると事実を見過ごして真実に気付かないという間違いを犯してきたが、この原発問題も同様の根源があるのではないかと思っている。
2011/04/07