| -787- 同窓会 |
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先週土曜日、高校時代の 委員会活動のOB会があって新宿まで出かけた。 ほぼ毎年、地元と東京地区で交互に 我々が3年次に在籍していた時のメンバーが集まる。今年全員が オーバー60'となり 9人が集まった。 「委員会」とは言っても、やっていたのは放送で趣味性が強く実質的なクラブ活動。NHKの放送コンテスト(アナウンス/ラジオ番組制作)に向けて、夏休みには校舎内で幾晩も一緒に徹夜したり、文化祭の運営を巡って生徒会長と対立した時には全員でサボタージュをちらつかせて交渉するなどした仲間達だけに、いまだに盛り上がる。 当時私達の高校は、一応進学校だったせいもあり、運動部が全国大会(インターハイ)に出場することは極めて稀で、野球部などは地方大会前になると他の運動部員も総動員して数合わせしていたような状態だったが、我々のところは アナウンス部門でも、番組制作部門でも県大会優勝で全国大会に出場した。 明日が番組のテープ提出期限、という夜に最後の編集作業に没頭して 12時を回った頃、顧問で宿直の先生が見回りに来て「他の高校ではこんなことが許されないが、そこのところを十分考えて行動しなさい」というようなことを言われた記憶がある。今にして思えば、あの先生が宿直だったということは偶然ではなく、状況を見越して当番を交代してくれていたんだろうか? そんな期待を感じていたのかどうか覚えてはいないが、コンパと称して新入生の歓迎会や卒業生の送別会、文化祭の打ち上げなど何度もやったが、誰も酒を飲んだりタバコを吸ったりと言うことはしなかった。卒業してから聞けば、他のクラブなどでは常態化していたところもあったようだが。 当時私の唯一のハメ外しはバイクの「無免許運転」だった。夏休みの補講授業に登校して、補講はそっちのけで女子部員を乗せて友人のバイクで 4~5Km離れた山裾のダム湖まで涼を取りに遊びに行った記憶がある。色あせた昭和の映画フィルムのような記憶だが、今思えば事故も無免許の摘発も無かったことが何より幸運だった。 というような他愛もない思い出が蘇ってくる。 |
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2013/02/25 |