e日記風 独り言

気まぐれ & 気まま & 天邪鬼な老いぼれ技術屋の日々の記録のうち、政治や思想・社会問題に対する勝手な私見を書いてみました。専門家ではありませんが、岡目八目という言葉もある通り、時には本筋を突いていることもあるかも?
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-430- 続き
= 今日は画像なし m(_ _)m =
一昨日(この真下、No.429)の「老害」に続けて、つぶやき(ぼやき)のようなことを思い出したので書いておく。
昔 ある時期から開発チームを率いていた時、私のチームは他部署からの移動者ばかりになったことがあった。私は「落ちこぼれチーム」とか何とか呼んでいたような気がするが、要するに和を重視する他の部署では扱いづらかったり、通常の開発方針では飽き足らなくて自分から飛び出してきた開発者が集まったようなチームだった。
しかし、私はそうした人たちのチームが好きだった。理由は簡単で、エンジニアリングでよく言うところの「3σ(シグマ)」の人材を集めたチームでは常識的なテーマを扱うにはいいが、常識的な手法ではとても解決できないような難題を扱う場合、上手くいかないだろうということを考えていた。「3σ」の人材は、仕事が出来る人たちだから安心して任せられる半面、常識的なやり方で平均的な答えしか出してこないような気がしていた。それに対して「3σから外れた人材」は、日常業務を行うと紆余曲折が多すぎて効率が悪いことも多いし、結論がどこに行くか分からない不安感はあるが、常識では不可能にも思えるテーマにひるまずに、楽しんでさえ取り組むというのが当時の私の理解。もちろんそうした人たちを一つの方向に進めるためにはストレスも多いし、苦労する。しかし、雑多な意見が出てこなくてはブレークスルーは生まれないと信じていた。
そうした人たちがいて、当時「2年以上かかる」と言われたデジカメの1号機の開発がちょうど1年で可能になったことを思うと、私の判断もまんざらではなかったのではないかと思う。
翻って、最近感じることは、自分と意見が違う人の意見が聞けない年寄りが多いこと。イエスマンやヨイショに気を良くし、違う意見を言われると、批判されたと勘違いするのかすぐに怒り出したり無視したりする。本当はそうした自分とは違う意見の中に真実や宝が隠されているのに、勿体ないことだと見ていて可哀そうになってくる。
政界も経済界もああした人たちが人生の定年でいなくならないと活性化しないんだろうな。
2010/04/20