-2170- 再び岡谷へ |
首都圏の緊急事態宣言が明日に解除、ということとは直接関係ないが木村な家人の指示で今日は大雨の中岡谷へ、ということともあまり関係ない話だが。 新型コロナについては、最初の頃こそいろいろ憤りがあり何回かここにも書いたが、マスコミの情報が溢れて食傷気味で敢えて書いてこなかった。 しかし、どうしても疑問・憤りはマグマのように溜まり続けるばかりで はけ口がないので再び書いてしまう。 というのも、最初の頃こそマスコミも「検査数を増やせ」と合唱していたが、最近になってあまりそうした声は聞かなくなってしまった。 でもどう考えても対策の一歩目は正確な現状把握ではないだろうか? 専門家達の一部にも「検査数増」を唱える人たちがいるようだが、施策としては表面化してこない。未だに全国の検査能力数が17万件余りで実施件数は数万件に留まっているらしい。 我田引水の話になるが、現役の開発者時代にいくつかの非常に困難な不具合に遭遇したがそのときに徹したのは「いかに正確に現象を捉えるか?」だった。現象が見えさえすれば自ずと原因が明らかになり、必ず真の対策にもつながると信じていた。周りが日程を気にして真の現象確認を疎かにし表面上の対策を焦る中で一人「現象をよく見る」ことに拘ったが、いつも結局正解はそこから突破口が開けた。だから科学者であろうとエンジニアであろうとロジカルに解を導かなくてはならない局面では「真の現象」を「見える化」することが対策の第一歩だと信じている。 しかし現実は経済とか、収容施設能力、はては政権などへの忖度から「帳尻合わせ」で受け身の検査しか行われていない。 諸外国の例を見ても、そんな中途半端な検査では事態を長引かせるだけなのは明らか。対して早期に収束させて経済活動を再開させているのは台湾・ニュージーランドなど「積極的」絨毯検査を行った国だ。 例えば、首都圏の通勤・通学などでよく出歩く人たちとその家族全員に PCR検査をローラー作戦のごとく、2週間おきに2回実施したら絶対に新規感染者の数は激減するはずだ。 もちろん中には検査を拒否する人も、陽性となっても自主隔離しない人も一部にはいるだろうが、真面目な日本人の大多数は応じるだろう。しかしこうした検査によって明らかになるのは単に無症状陽性者の顕在化ではなく、真のクラスター(感染の巣)の姿が浮き彫りになり、次の対策につながるはずだ。 例えば東京都民のうち、900万人全員を1ヶ月で検査するとしたら 30万件/日の検査が必要になる。それを2回実施したとして、2ヶ月で 2回/一人 の検査ができるのだから、あながち荒唐無稽な施策ではないと思うんだが。 そして 2ヶ月後に 2桁の新規感染者数に抑え込めたら、医療機関も息が継げるし再び積極的な新規感染者の追跡調査も可能になって、経済活動も再開できて、なによりこんなビクビクと息を潜めたような生活から開放されるとしたら十分投資の価値があると思うんだが。 今日の写真は神奈川で撮影したちょっとだけ早咲きのソメイヨシノ。この時普通の木は 2~3輪だったが、今はもこれくらい咲いているだろう。 |
2021/03/21 |