e日記風 独り言

気まぐれ & 気まま & 天邪鬼な老いぼれ技術屋の日々の記録のうち、主に私が読んだ「本」やその内容に関連した記事です。
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-191- 「天使と悪魔」
= 今日は画像なし m(_ _)m =
188で書いた、ダン・ブラウンの「天使と悪魔」を読破。2-3冊目は出張の行き帰りに車中で読んだこともあり、1週間しか持たなかった。
今週はちょっと睡眠不足気味。
「ダ・ビンチ・コード」も、キリスト教会にまつわる歴史的なテーマが主題だったが、こちらはもっと宗教観というか人生観をとらえている。
私にはこちらの方が興味深く、最初にも取り上げたが登場人物の宗教や人の信ずるモノに関する台詞がなかなか含蓄がある。
下巻には、カメルレンゴと呼ばれる教皇の秘書役が科学と宗教の諍いについて述べる台詞があり、以下はその中の一つからの引用、18Pに出てくる。
「たしかに、科学は病気や苦役による悲惨さを軽減し、娯楽や利便のためのたくさんの道具を与えてくれたかもしれない。しかし、科学は感嘆すべきもののない世界にわたくしたちを置き去りにしました。夕日はただの波長と周波数に成り果てました。宇宙の複雑さは切り刻まれ、方程式の集合と化しています。人間としての自尊心さえもが、いまや重んじられていません。科学は、われらが地球も、そこに暮らす生きとし生けるものも、遠大な仕組みの中の無意味なしみにすぎないと公言しています。単なる宇宙の偶然だというのです。」
科学が、世界中の人と人を電子的に結びつけるにもかかわらず、個人はかえって孤立感を強め、暴力、差別、断絶、裏切りに苛まれ、生まれてもいない胎児を調べて答えを導き出そうとする。もはや科学の進歩に魂が追いつけなくなってしまった。
新しい発見がかならず複数の発見を導き、人類が車輪を自動車に進化させるのに何千年もかかったのに、自動車から宇宙船にはほんの数十年しかかからなかった。

私も同じようなことを、宗教としてではないが、考えていた。作者がカメルレンゴという登場人物の口を借りて言わせたいのは、<この先、科学は世界を 人間を どこに連れて行こうとしているのか。>しかし、私に言わせれば、一番の問題は 科学もそれの後ろ盾となる経済によって、宗教も布教という五目並べのようなゲームによって、すべてこの世界は、勝者がコントロールする仕組みによって動かされていくということ。
サスペンスとしての展開の派手さの陰に、作者の社会に対する警鐘のようなモノを感じた作品だった。


2006/10/06