e日記風 独り言

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-1437- 七夕
今日は七夕だと言うが田舎の月遅れの慣習で育った私には、7月のお盆と同様 新暦で言われても何か季節感がぴったり来ない。
いつも家人に質問されるんだが、旧暦(太陰太陽暦)、新暦(太陽暦)と月遅れの関係がややこしい。
元々日本など農耕文化中心の東南アジアで使われていた太陰太陽暦というのは、種をまく日付や、そこから決まる収穫日などにちなんだ祭りを決めるための要望から出来てきたと思われるが、今みたいに全国(世界)一律の七曜カレンダーがあってラジオ・TVやネット、はたまた最近はカレンダー時計で津々浦々まで「今日は○月○日」と知らせてくれるようになったのはせいぜいここ百年ほど、それより以前は通信手段のない地方の人々でも一律の日付を知るためには季節の移り変わりと永久不変で一律な月の満ち欠けが唯一の手段だったはずで、そこから諸々の行事も太陽運行中の新月が出現する旧暦正月起算で、そこから月が7回目の満ち欠けの七ヵ月の日の夕方に・・・などと決まっていたはず。
一方、新暦=グレゴリオ暦を考案したキリスト教圏でのカレンダーはイエスが磔から復活したことを祝う日=「春分の日を過ぎた最初の満月の次の日曜日」を決めるためのものであり、新年は単純に春分の日から数えて71日前とされたらしい。
ここから新暦と旧暦のずれが発生しているので、元々旧暦の行事をその日付のまま新暦に移行すること自体が無理・無意味だったわけだが、多くの人間はデジタルが苦手と言いつつ行事の日付は毎年決まった○月○日というのが好きらしく、その日付のまま新暦上のカレンダーに移行してしまった。しかし実際に移行してみると夕方星を眺める七夕の日は梅雨の真っ最中だったり、逆に雨が多くて湿気っぽいから菖蒲湯に入って邪気を払うはずの端午の節句は爽やかな季節になってしまったりでしっくりこない。
そこで、私のようにアバウトな人が「毎年変わる新暦vs旧暦の変換は面倒だから、大体季節感が合っている月遅れでやればいいじゃん」となったんだろう。元々太陰太陽暦は太陽運行とは 30日近くずれるはずで、季節感と言うなら関係のない月の満ち欠けに影響されないこっちの方がズレないと言うこともあるし・・・ などと説明しても論理に疎い家人は私の説明を半分も聞かないうちに「分かった分かった」と結論を急がせるんだが。だから毎年同じことを繰り返し聞かれる。
所で 旧暦の七夕は今年の場合 新暦に直すと 8月20日になるという。今年の8月20日に里芋の葉っぱに朝露が溜まるかどうか知らないが、その露で墨を磨って字を書けば字が上手になる・・・・と子供の頃言われたような気もする。この言い伝えそのものが、本家中国の七夕祭りの一つの起源らしく、その読み「たなばた」は古い民間信仰のなかに「棚機女(たなばたつめ)」という巫女さんが水辺で神の降臨を待つという「禊ぎ(みそぎ)」の行事が由来で、それが中国から伝来した字や芸事が上達することを願って7月7日の夜に星にそなえ物をする宮中の祭の七夕(しちせき)伝説と結びついて「七夕」=「たなばた」と読ませるようになったらしい、と Webで知った。

今日の写真はムラサキツユクサ。雑草が目の敵のようにされるこの辺りでは見かけることも少ないが。
季節・暦・天文
2015/07/07