e日記風 独り言

気まぐれ & 気まま & 天邪鬼な老いぼれ技術屋の日々の記録のうち、政治や思想・社会問題に対する勝手な私見を書いてみました。専門家ではありませんが、岡目八目という言葉もある通り、時には本筋を突いていることもあるかも?
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-1236- 集団的自衛権
今日は台風襲来中。今回は次女が台風と一緒で2週連続で里帰りしたものの、今回は晴れ女の長女も一緒。そのせいか2人が夫婦で昨日出席した結婚式は、散々やきもきした末ぎりぎりセーフだったが、やはり長野に帰る頃になったら雨が本降り状態に。更に夜中の10時過ぎから風も台風らしい強風になってきた。・・・という話はさておき。
3か月も前の古い話になるが、安部内閣が従来の憲法解釈を変えて閣議決定として「集団的自衛権」の行使を決め百家争鳴のごとき論争が起きた。ノンポリの私としては、どんな国や民族或いは時代であっても多少の災厄は我慢して大局的平和を望む人間が多くいる一方で、何の過不足もないのに争いの種を鵜の目鷹の目で探す好戦的な人間の割合は一定して存在し、日本においては後者は第二次世界大戦の酷い敗戦を喫した責任を追及されてなりをひそめていたものの、戦後70年を経て再び蠢き始めたんだと理解していた。
それが、英国の作家ケン・フォレットの第一次世界大戦勃発に至る大河小説「巨人たちの落日」を読むにつれ、少しずつその考えが確信に変わりつつある。
「巨人たちの落日」の中では、歴史にも記されているように当時の大国オーストリア皇太子がセルビアのナショナリストとされる犯人に暗殺される事件に端を発し、事件の究明のためオーストリアがセルビアに無理難題を押し付けて一旦はセルビア政府がその要求の大部分を飲んだものの結局は宣戦布告にいたり、そこにオーストリア-ハンガリー帝国と同盟関係のドイツやオスマン帝国が参戦し、それに対してセルビアと言う小国と民族的に近く地勢的にも南に勢力を拡大したいロシアと、ドイツとは常に緊張関係にあったフランス、更にはドイツの工業的な台頭を快く思わないイギリスとの間で戦争になっていくと言う推移が登場人物の立場から語られている。
要は、戦争のきっかけは小さなものながら、好戦的な人間が支配する国は自国の利益という大義(=その実自分たち支配層の利益)を振りかざして参戦していき、そうなると厭戦感のある国も巻き込まれて あっという間に大戦に発展してしまうというお決まりの歴史のストーリー。自国の存続はともかく、利益と言ってしまえば何でも参戦理由になってしまうわけで、そこに敵の敵は味方的な共通利益を土台にした複雑な同盟関係が存在し、それに集団的自衛権という抽象的な大義が絡んでくると、もうなし崩し的に好戦的な人たちの足かせは外れてしまうんだと言う歴史的事実。
第二次世界大戦に至る経過も、太平洋戦線に限って言えば国力を増す日本が列強から疎まれたという経緯で同じような境遇にあった日独伊同盟が結ばれ、結局は好戦的な政府が軍を動かす口実を見つけて参戦していったということが決定的な契機だっただけに、そうした観点からすれば集団的自衛権の容認は確実に一歩戦争に近付くと言う感は否めない。
もっと言えば、古今東西を問わず特に支配階級を世襲してきた人たちは自分たちの獲得した地位や財産を守り進めるために多くの人を前線に送り込むことも厭わないし、最悪はそうしたゲームを好む人たちすらいると言う事実。民主主義の国にあっても選良がそうした本質を見抜けないで表面的な是非に惑わされると、まずは自分たちに災厄が降りかかると言うことだろう。

今日の写真は4カ月ほど前に咲いた花が戻り咲きしていた。キョウカノコだと思っていたが、良く調べると冬には茎が枯れてしまう草本ではなく木本だからシモツケかな? キョウカノコやシモツケソウは葉っぱが手のひら状に5~7裂するらしいけど、この花は長細い楕円だし。ついでにシモツケソウには茎に小さなとげがあり、キョウカノコには無い・・・とアチコチに書いてあるが、写真がないのでどんな棘か分からない。
2014/10/13