| -72- シナプスの繋がり方 |
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芸術家の能力が神経線維の間のシナプスのつながり方によるものではないか、そして商品の企画者にも同様の能力が必要とされると言う話をしました。 私自身のことで恐縮ですが、これもシナプスの繋がり方のなせる技ではないかと思うことがあります。それはモノを考えるプロセスの話ですが、例えば私は人と話をしていて何かについて説明しなければならないとき、説明している事柄の回りに存在するいくつもの事柄が同時に思い出されて、それらを次々に説明しないと気が済まなくなってしまいます。聞いている人からすれば、一本に繋がったシンプルな話のほうが余程理解しやすいと思うのですが、「こんなことも、あんなこともある。」と関連して思いつくことを全て並べてしまうのです。しかも枝葉の部分の説明に更に枝葉が生じてしまい、話している自分ですらその説明が終わったらどこに戻ればいいのか分からなくなってしまうほどです。とにかく連鎖反応的に、同時にいくつものことを考えてしまうのです。 よく「お前の説明は長すぎて分かりづらい」と言われるのですが、自分でもそれは意識していますが、話しながら頭が勝手に次から次に別のことを考えていってしまうのですから、どうしようもありません。それに比べるとこうして、文章にすると言うのは、喋るのに比べれば進行もゆっくりですし読み返しながら進められるだけに、さすがにそんなに寄り道はしません。「話はわかりづらいが、文章を書かせると別人のようだ」と言われたことがあります。多分私の頭の神経線維を繋いでいるシナプスは、近傍の繋がり方はかなり疎である代わりに、とんでもない遠くの方に迷子のように繋がっているんではないだろうか、そんな風に考えることが良くあります。 そして、物心ついた頃からずーと興味がそのような指向をますます加速する方向にしか無かったために、シナプスの繋がり方もそうした思考に都合の良い繋がり方の部分だけが伸ばされてきたような気がします。 今日の写真は、長く伸びた影によって「冬」を感じさせるというテーマの2枚目です。近所の小学校の校庭の庭の桜の老木の影です。枝が脱落する危険から、殆どの枝を切り落とされた老木の形とその影は、季節の冬と生物の冬の両方を感じさせてくれます。 |
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2003/12/25 |