| -2230- 3月20日 |
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27年前の今日、私は長野県から東京の本社への転勤辞令に伴い、子供の転校手続きのために中央高速を東京に向けて走っていた。ラジオを聞きながら走っていると、韮崎の辺りの交通監視カメラの下をくぐった瞬間に臨時ニュースが流れた。第一報は「地下鉄日比谷駅周辺の道路で多くの人が倒れて苦しんでいるらしい」という当時としては訳が分からないが不気味な情報だった。 大変なことらしいとは思いつつ、まず残してきた家に着いて簡単に掃除をしていると、数年分のホコリが巻き上がってそれを吸い込んだのか突然くしゃみが連続し直後から鼻水が大量に出だした。隣家のおばさんがそれを聞きつけて「いやぁ~、とうとう花粉症になったね」と声をかけてきた。鼻水を垂らしながら中学校と小学校で子どもたちの転校手続きを済ませて長野に帰る車の中で再びニュースを聞くと、どうやら毒ガスのような化学物質が撒かれたのではないか?多くの死者が出て患者も近くの大学病院などに収容されているが手当の方法も手探りだ、というような続報が流れていた。 当時まだ私は携帯電話を持っていなかったので、家に帰るまで途中で電話はしなかったと思うが、家人たちは「東京方面」というだけで、このニュースを聞いて随分心配していたらしい。 それが4月になって実際に転勤してからまもなく、富士山の裾野の上九一色村のオウムのアジトでサリンが作られており、件の事件はオウムによる計画的・組織的犯行だったという信じられないようなことが報じられ、そのオウムのアジトに家宅捜査が行われ自宅の上を報道のヘリコプターがうるさく飛び交い、家の近所を通る高速の逮捕者の移送の様子はTVでも繰り返し流された。 何ともやりきれないニュースと、今だに続く私の花粉症発症記念日は奇しくも同日になって一層忘れられないものになってしまった。 最近起きたロシア軍によるウクライナ侵略の情報を聞きつつ、その後起きたニューヨークの世界貿易センタービルへのテロや東北大震災など大きな事件を思い出し、如何に平穏・平和で普通ということがありがたいか、噛み締めた一日だった。 今日の写真は暗い話が少しでも明るくなればと、再び河津桜の満開~葉桜に移りゆく頃の艶やかな一枚。花芯の濃いピンクと鮮やかな新緑のコントラストが絶妙に美しかった。 |
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2022/03/20 |