| -1894- 死を意識!? |
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一見深刻な表題になってしまったが、単なる想い出話。 風呂から上がったらついていたTVに坂本龍一が登場して、死を意識した時「満月をあと何回見られるか?」と思った、と言うような話をしていた。見たのはそこだけで前後は不明なので <それまでしばらくは死ぬことなんて無いだろうと漠然と思っていたのにガンになってあと何年生きられるかと意識した途端、人生の捉え方が死を起点にした逆算方式になった>というようなことだろうと勝手に解釈した。 そこで思い出したんだが、私も一瞬だけ死を意識したことがあったなぁと。22歳の時だったと思うが、自然気胸を患って開胸手術をした。その時、手術台の上に寝かされて上を見ると巨大な無影照明ライトが目に入った。すぐに全身麻酔用の笑気ガスのマスクを近づけられて意識は無くなったが、その僅か数秒の間「もしかしたらこのまま意識が戻ることはないかもしれない。これがこの世の見納めになるのかも」と思った。後から聞くと手術室に入る前に鎮静剤の注射を打たれたが、この光景を見て荒らび出す患者がいるための鎮静剤だとか。やはりあのシーンで死を意識するのは私だけではないということらしい。 自然気胸とは肺の表面膜に生まれつき薄いところがあって、そこが何故か突然破れ呼気が肺の外側(胸郭)に漏れ出してしまい、肺の実質体積が減ってしまうので息が吸えなくて呼吸が苦しくなり、登山中や海での水泳中など最悪の状況で発症すると死ぬこともあると言われている病気だった。しかもその時、私の左肺は自然気胸では通常一つか2つという肺の表面膜の薄い部分が十数個あると診断され、それを全て切除縫合して除去するため手術は数時間に及び、その分全身麻酔の時間も長かったらしい。後から聞いた話だが、その時の執刀医は東洋でもトップクラスの胸部外科医だったそうで、その先生でも数時間飲まず食わずで手術したんだから、通常の外科医だったら全箇所の縫合は出来なかっただろうと教えられた。しかもその間輸血なしでの施術は驚異的だったとか。当時電電公社勤めで逓信病院で全て無料で済んだんだから感謝しても感謝しきれない。 そんな長時間麻酔が切れて意識が回復したのは夜になってからだったらしいが、その時もまだ意識朦朧としつつ反応していたらしく自分では記憶がない。記憶があるのは24時間以上経った翌朝、派遣介護のおばさんに声をかけられた時だった。しかし「あぁ、死ななかったんだ」と思ったのは更にそれから何回かウトウト状態を経た後で、意識が戻った当初はとにかく全身麻酔と大量出血の気だるさが酷かったことしか記憶にない。 じゃぁ私があの時以来、人生観・価値観が変わったかといえば・・・・たしかに変わった部分もあるが、それは長~い話になるのでまた。 岡谷の平福寺という古刹にある枝垂れ桜が満開になったという新聞記事があったので、散歩がてら出かけて撮影してきた。 |
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2017/04/19 |