| -1690- 終戦特集 |
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昨日に続いて。 2日遅れで録画しておいた NHKスペシャルを見た。「71年目の真実・・・」と言う番組で、私の故郷にごく近い村の満蒙開拓団の話だった。敗戦濃厚になりつつあった終戦間近だというのに、一旦決まった国策を見直しもせず己のノルマ達成しか眼中になかった官吏の甘言に乗せられて、状況は一切知らされず満蒙開拓のために集団で満州に送り出された村人達が、敗戦と分かった途端現地住民に襲われて逃げ惑い最後には摺り込まれた「生きて辱めをうけず」の訓に従い我が幼子を自らの手にかけた後集団自決した。官吏からノルマを課せられ悩みながらも開拓団を送り出す決断をした村長は、隣村の帰還者からその悲劇を聞いて自責の念に絶えられず終戦翌年に自殺したという。その村長の新たに公開された日記を中心に組み立てられた話だった。 私の生まれる数年前とは言え、高校時代までを過ごした近くの村の出来事なのに今まで何も知らずに来たが、そんな悲しい出来事があったと今になって知ってショックは大きかった。 そんなことを考えながらも思ったのは、責任者たる村長の心の軌跡を追いかける番組はセンセーショナルで番組テーマとしては持って来いかもしれないが、今 そしてこれからを生きる人間に本当に必要なのはもっと別の切り口ではないかと。 つまり本当に報道すべきは、国の政策に加担した多くの指導者達の軌跡ではなく、「非国民」のそしりを受けるかも知れないのに国策に乗らず、村民をほとんど送り出さなかった他の村の指導者が、当時どのように情報を集めそれを独自に分析判断し、どのように国策に抗ったのか、という切り口ではないのか? きっとそうした指導者の中には同じように日記などを残した人もいたのではないか? 人間社会というのは、一旦流れができてしまうとその流れに流されるのが楽で、流されたことが間違いだったと後から分かっても、多くの人は「あの時は仕方なかった」と安易な自己弁護、自己保身、あるいは責任転嫁をしてしまい本当の反省はしないものだ。それに引き換え、流れに棹さした人は、本当に大変な思いをして孤独と戦い正しいことをしたのに、そのお陰で悲劇が生じなかったり問題が起きなかったために、それが正しかったと分かっても多くの場合そこに光は当てられない。そうやって値千金の勇気や努力、あるいは知恵の賜物が時間に埋もれていってしまう。 流されて間違ってしまった行為と、棹さして正しいことを貫いた行為とが、結果の話題性だけで判断されているような気がする。 今日の写真は桜の後できれいな花を見せてくれた花桃に実がなっていた。花桃にも実がつくんだ。見た感じ、桃と言うより梅の実に似ている。食べても美味しくはないと思うが。 |
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2016/08/16 |