履歴: 2001年 初回アップ
今更古い話で恐縮だが・・・・
2001年 2月2日の朝日新聞 「天声人語」に面白い話が載っていた。
1874年 明治維新直後の明治 7年に書かれた 福沢諭吉の文章に曰く、
「近来は・・・・・とにかく西洋流でなくては、埒があかず、
日新日新と申して、蒸気伝言など、色々新発明がありますが・・・
・・・・・人情新しきに奔ればふるきを忘る丶ものと見へて、
ここに世の人の、あまり気の付かぬ、ふるい器械がございます。」
福沢諭吉があえて紹介する古い器械とは、使いやすく、値段も百文程度で
大変に安い。しかもその性能たるや奇奇妙妙、まことにすばらしい。
「死んだ人とも話もでき、生まれぬ子供と談判もでき、馬鹿者を
利口者にしたり、利口者を馬鹿者にしたり、世の中を治むる事もあれば、
世の中を乱る事もあり、人の喜怒哀楽を自由自在に取り扱ひ、」
どんな難しいことでも、できないことはない。そもそも鉄道も電信も、
みなこの器械を使って作ったもの。それは・・・・・
「ご存じなくば申しましょう。筆と紙でございます。」
上記の話は、ここで私が繰り返し述べているような
「
デジタルマルチメーターがエレクトロニクスエンジニアをダメにした」
「
シュミレーションが考えない技術者を生んだ」とかにも通じるが、その一方で「道具を考えろ」見たいな事も言っていて、
読む人によっては「何を言っているか分からない」と言う声も聞こえてきそうだ。
ただ誤解を解くために言っておくが、私が言いたいのは「道具はただ使う(=使われる)ものではなくて、
考えて作るか進化させて使うもの。」と言う主張だ。