道具について: その2

初稿: 2003/ 3/ 2


●  道具の思い出話の続き
他人から見れば退屈な話で恐縮ですが、自分で道具を考えて仕事をした実例をもう一つ紹介します。
今ではカメラ=デジカメ という常識になりつつありますが、私が20年近く付き合ってきたカメラという装置はフィルム上に光像を結像させて被写体の形を写し取るという機能が主機能の装置でした。そのためには光を効率よくフィルム上に結像させるためのレンズは不可欠ですが、それを写し取るフィルムに適正な光像を再現させるためにはフィルムに与える光量を一定になるように制御しなくてはなりません。この光量の制御はデジタルカメラのCCDの場合、CCD自身が受け取る時間を電気信号を変えることで制御できますが、フィルムの場合は電気信号で制御するわけには行きません。絞りとかシャッターといったメカニカルな機構で制御をします。そして、その制御は例えば 1/1,000秒(1mSec.)以下の精度が要求されます。電子制御のカメラなら電子信号は例えば 1/1,000,000秒(1μSec.)でも簡単に制御できますが、それをマグネットなどでメカニカルな運動に変換して止まっているレバーを動かすとなると、摩擦などがあってなかなか必要な精度が出ないのです。
カメラの機構設計というのは、こうしたメカニカルな機構の非常に高い精度をどうやって得るかということを与えられた手のひらより小さなスペースの、更にその何十分の一というような中で実現していくことです。ある意味現代版超精密「からくり」仕掛けといっても良いかもしれません。そうした機構の中に、電子制御が取り入れられ電子的には非常な精度で信号が出せるようになったものの、実際にそれがシャッターなどの機構部品の動作として表れる時には慣性や摩擦などの影響で何桁も精度が落ちてしまうのです。
しかも、フィルム式カメラのフォーカルプレーンシャッターというのは、36mm × 24mm の撮像面を 数mSec.でシャッター幕が走行するようになっており、高速動作を必要とするためにスペースの割りに非常に強力な運動エネルギーを必要とし、その動力源はカメラの電子化初期の頃はまだバネチャージによっていました。つまり非常に強いバネチャージされた部品をレバーのような係止機構で止めておき、その係止をマグネットなどの電磁部品で解除するようになっていたのです。しかもこのマグネットの駆動は、リチウム電池などがない時代で小さな銀電池など数10mA程度しか流せない電池が駆動元ですから、いわば米俵一俵を支えているつっかい棒を小指一本で外すような感じです。足で蹴飛ばせば一瞬にして外れるつっかい棒も小指で外そうと思うとジワーッという感じで外れますから、タイミングのバラツキが大きくなります。そんなこんなでメカ設計者は設計の精度を高めるために、設計と実験を繰り返して苦労していました。しかも各部品それぞれの動作のタイミングが正確に測れる測定器があるわけではありません。電気回路が信号を出してから最終的な部品であるシャッター膜が画面に顔を出すタイミングを繰り返し計っては、部品の形状や押さえ方グリスの塗り方などを試行錯誤している様は、まるでつっかい棒を外せと指示してから米俵が地面に落ちてくるまでの時間を調節しているようなもどかしさがありました。
どうしても必要なときは、特殊なフィルム式高速度カメラで部品の動作の様子を撮影しましたが、この高速度カメラもフィルムを使用していましたのでフィルムは高価ですし現像も必要で気軽に使うわけには行きません。メカ担当の設計者が苦労しているのを見て、これは何とか簡単に精度良く測定出来るようにしないと効率的に設計が進まないだろうと思ったのです。
これは 1980年頃のことでインターネットが普及する以前の話でしたから、技術雑誌などで調べるとドイツの ツィンマー社というところが特殊な撮像管を使用して高速直線運動の測定装置を発売していることが分かりました。時間分解能が 1μSec.程度の装置で、性能は充分でしたが 価格は 1,500万円ほどする高価な装置でした。
この装置の原理を見て なるほどと感心したものの、特殊な撮像管の代わりに CCDを使用したらもっと安価に出来るのではないかと考えました。
ただ 今は高速スキャンが得意な CMOSイメージセンサーが主流ですが、当時のCCDは用途がビデオカメラが主でそれほど高速動作は出来ませんでした。普通のイメージセンサー(2次元の)を使ったのでは せいぜい 60fps (≒17msec/面)でしか撮像できません。これではレバーなどの動作を撮像するには1桁以上速度不足です。そこで1次元(直線1列)の CCDを使えば何とかなりそうだと思いつきました。何となればカメラのレバーなどの動作は支点を中心に運動するので正確には円運動ですが、運動が利用される範囲ではほぼ直線運動です。歯車などの円運動も直線に変換することは可能です。
<図1. 自作ツィンマー機の構成>
tool1

そこで図1.のような原理の装置を考えました。被測定物に白いマークを貼り付けてその像をレンズで結像させ、その像を 512bit程度のラインCCDを使用して走査します。

<図2. 測定システムの概念>
tool2

すると像の白い部分が投影されたセンサー出力が高くなります。マグネットなどに加えた信号でこの回路にトリガーをかけて、CCDの信号を転送開始してコンパレータでこのCCD出力を判定します。1番目の光電変換部から n番目の光電変換部に向かってCCD出力を転送開始してから、このコンパレータの出力が反転するまでの転送クロック数を、カウンターでカウントします。すると光の当たっているダイオード(k)のところでコンパレータ出力が反転します。カウンタはこのコンパレータ出力の反転でカウントをストップします。最後の n番目のダイオード出力を転送し終わったところでカウント結果をメモリに記憶します。すぐに続いてまたCCDから信号を転送して同じような動作を繰り返し、メモリが一杯になって測定が終了したらこのメモリの内容を順次 D/A変換回路に与えて、アナログ信号に変換すると移動体の白い部分の位置がこの装置の出力電圧と相関を持って出てくるのです。更にイメージセンサーを使わないでリニアセンサーを使ったことでビデオ信号の処理回路のような複雑な ICを使わず、私でも設計が可能なシンプルなアナログ+デジタル回路で構成することが出来ました。
実際に自分で部品をハンダ付けして 図2.のように、トリガー信号の波形(黄色)と一緒にシンクロスコープにこの波形を表示すると、例えばマグネットに信号を加えて、バネチャージを外してから実際にレバーなどが移動を始めて、移動範囲を動作して終端でバウンドする様子までが波形として鮮明に見えたのです。転送クロック 20MHz程度の安価な CCDを使用しても、位置分解能が 512bitで 時間分解能が 2μSec.の充分な精度の測定器が出来ました。CCDは転送クロックとセンサーの位置関係が非常に精度良く出来ていますので、位置精度も全く問題なく読み取りの時間精度もフレーム転送周期になり、精度はデジタルで保証が出来たのです。しかも部品コストは、何と 5万円くらいでした。
レンズなどのその他の部品は製品のカメラを改造して流用し、この装置を実験して動作確認してメカ担当の設計者に貸したところ非常に好評でした。この装置は、それまで設計者の経験だけで検討していたメカの現象解析の方法を刷新して、開発だけでなく一時工場などでコピーされ何台も稼動していたようです。 会社に入るときに、これからは精密工業分野でこそ電子の技術が生きるだろうと思ったことは以前に書きましたが、本当に間違いではありませんでした。

出来てしまえば何んということはない コロンブスの卵のような話ですが、でもこのシステムがあると無いとでは結果は大違いで、そこに考えが行くか行かないか、それがエンジニアとしての勝負ではないでしょうか。


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