気まぐれ & 気まま & 天邪鬼な老いぼれ技術屋の日々の記録です。
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楽 天 の 商 品

-770- ボーイング787:派生の話
= 今日は画像なし m(_ _)m =
下に書いたボーイング787の電池問題から派生して思い出したことがある。
787の技術的問題はビジネス上の影響とは裏腹に、かなり深刻だと見えてまだ規制当局からもメーカーサイドからも原因はおろか運行停止解除の見通しすら出てこない。その間に私の憶測はどんどん発散していってしまうけれど、まぁ自分の記録ということで。
但し今日はリチウム電池ほど深刻ではないけれど、先行メーカーのノウハウを知らないで形だけ真似して痛い目にあった後発メーカーの例ということで私が直面した話で、コチラは20年ほど前の話。
私がちょうど工場に転勤になっていた頃だった。開発本体で若い技術者が新製品を設計して、工場に持ち込んで生産移行しようとしていた。製品はもちろんカメラなんだが、問題のデバイスはストロボ用の電力素子。ストロボというのはほんの一瞬 1m秒(1/1000秒)に満たないくらいの間、ピークが 100Aを超す大電流をキセノン管に流して瞬間発光させる。発光させる原理そのものは 80年以上前から実用化されていて私が仕事を始めた頃にはもう枯れた技術になっていた。しかし、いつも同じ光量で発光するのは簡単だったが、それでは被写体との距離などによって明るすぎるので、一般的なカメラに搭載する場合はオートストロボとして発光量を制御する必要がある。私が会社に入った頃、この制御にはサイリスタ(SCR)という電力用半導体が使われており、その素子の特性から通電途中に電流を切って発光を停止するにはかなり複雑な回路を付加する必要があった。それらの付加回路は当然コストがかかり小型化の障害になっていた。
それが 1980年台の半ばころから、新しい電力用半導体素子のIGBTと呼ばれる素子が実用化されカメラにも搭載されるようになってきた。この素子は単独で 100Aを超えるような大電流を簡単に ON/OFFが出来るため部品点数が激減してすべての小型カメラにストロボが搭載できるようになった。そして当初この素子は元々ストロボ用サイリスタを量産していた国内 2社が先行して実用化し、少なくともカメラ用としてはこの2社の独占状態だった。
しかし、当時のSCRの市場でカメラの生産台数は結構な数量であり大きな比重だったせいで、数年した頃にそれまでストロボ用としてはIGBT素子をラインナップしていなかったもう1社が新規参入をしようと試作品のデバイスをカメラメーカーに提供し始めた。後発なので市場参入の切り札として、先行メーカーよりも2~3割外形を小さくしたパッケージで。カメラというのは手のひらに乗るくらいの小さな製品だから、デバイスが1~2mm小さくなっただけで設計は格段に楽になる。で、開発本部の若い技術者はこの提案に飛びついて新製品を設計してしまった。しかも先行2社のデバイスが使えないほど厳しいスペースで。
その話が工場に来た時に私はそのことを初めて知ったので、そのデバイスメーカーの営業に「ストロボの電流制御は他の電力用の素子の制御とは極端に違う特性を要求されるので、同じレベルで考えていると試作で問題無くとも生産に入って 2~3%の不良が出ることがありますよ。しっかり信頼性評価をやって下さい。」というようなことを言った覚えがある。と言うのもそれまで何回か電力用半導体の製造工場を見学したり、デバイスの設計者から信頼性評価の話を聞いたことがあったので「ストロボの特殊性」がデバイスの製造に要求する要素の幾つかは知っていたのと、自分自身で他の電力用のデバイスやストロボ用デバイスを使った経験からの直感的なコメントだったが、若手技術者もデバイスメーカーの人間も現実に 数台レベルの試作機が問題なく動作しているのを見てしまったので「余分な心配を」という程度の受け止め方で数量を増やしての検討はしなかったようだ。
ところがその新製品が工場に持ち込まれて 100台レベルの試作を行った結果、はからずも危惧した通りの不具合発生率が出てしまった。しかし、すぐそこに生産開始日が迫っているというのに、この不良が 数回のストロボ発光で 100%発見出来ればユニット状態でスクリーニングが可能になるから当面何とか生産に入れるんだが、当然 数回の発光で壊れる素子もあれば 数十回目で壊れる素子もあるため製造現場は大混乱した。先行メーカーよりも小さなパッケージのデバイスに合わせた設計をしてしまったため、従来の実績あるデバイスに切り替えるわけにも行かない。
一つのデバイスの事情で製品の生産を待たせるわけにも行かないので、当然デバイスメーカーの生産ラインでは、不良率を無視して数段厳しい出荷検査を導入しパスしたものだけを納入してくるんだが、それでも実際の回路に組み込んだ場合には不良発生が止まらない。デバイスメーカーの出荷検査特性と実使用時の不良率に相関がほとんどなかった。そのデバイスメーカーは電力用デバイスメーカーとは言っても 100Aを超えるような大電流で全数検査を出来る検査装置は保有していなかったのである。
仕方ないので、カメラ用のストロボユニットを設計より若干厳しい仕様にしてこのデバイスメーカーに大量に貸し出して、当面それでデバイスのスクリーニングをやってもらい何とかカメラの生産は続けることにしたが、デバイスメーカーは異常な不良率になってしまうのと、スクリーニング用のストロボユニットも厳しい仕様で使うためすぐに他のデバイスが壊れてしまい、検査用のストロボユニットの供給などにコストがかかりすぎて、そのデバイスメーカーはすぐに音を上げ始めた。
で、当初の予知したようなコメントのことなどもあったのだろう。デバイスメーカーの製造や品質部門のトップ以下十数人が私のところにストロボの特殊な特性などの相談に来た。そこで通常は開示しないであろうデバイスの製造工程の作業内容や不良デバイスの故障解析データなども全部開示してもらって検討した結果、私の危惧していたことがそのまま起きていることが分かった。
通常発熱する半導体は発熱から半導体チップを守るため放熱フィンと呼ばれる金属の板に直に接着するんだが、AC制御のように発熱と放熱の速度があまり違わない素子と100μ秒で全体電力の半分近くを流す素子とでは熱の伝わり方が全く違うので、要求される接着の精度が異なることを指摘し、接着精度を数段厳しく管理することをお願いした。結果は正解で、それ以降そのデバイスに関わる不良は「0」になった。
この時、当初デバイスメーカーは先行メーカーの仕様書と分解した実際のデバイスの構造を参考にして製造したんだが、チップの面積やパッケージのサイズ、製造方法などはすでに自社で製造していた他分野のデバイスの延長線上と考えており、100μ秒で電力の半分以上が消費されるなどという極端な使用上の特殊性はそれまでの応用にはなく当然考慮していなかった。検査装置すら従来のデバイス用を流用していた。最後の打ち合わせで製造トップは「次からは表面的な仕様値だけでなく、きちんと製品メーカーの設計者の話を聞いて、デバイスの使われ方を理解してから製造するようにします」と言うようなことを言って帰っていった。
デバイスの品質不良で製品の製造に赤信号が灯ったため、デバイスメーカーの工場に押しかけて煙たがられながらも共同で品質検討をし問題解決したことは何度かあったが、不良の発生予測から原因の推定まで、この時ほど見事的中したケースも少ないのでよく覚えている事例だ。
ユアサがリチウムイオン電池製造における真の信頼性ノウハウを持っていることを祈りたいが、私の数少ない経験からは先行メーカーのソニーが1号電池を立ち上げた時の技術者がユアサに加わっていたらこんな問題は起きなかったのではないかと思われてならない。
Li電池
2013/01/23