道具について: その1

●  カメラと言う道具
最近色々な方に話するカメラに関するウンチクをひとつ。
カメラと言う道具は、言われるまでもなく単に写真を撮る道具です。生活必需品でもなく、たとえ世の中から消えてしまっても、誰も命に別状を起こすことも無い道具です。しかし30年近くこの道具を仕事の対象にしていると、それなりに色々考えたり気付いたりすることもあります。 そしてつい、カメラには関係もなく関心も無い人たちに、おせっかいで話したくなります。余計なお世話と思われているのでしょうが、そんなことは一向にお構いなく、持論という公害(口害?)を振りまいてしまうのです。
それは、カメラは工業製品でありながら、マーケティングという目で見るとハンドバックに良く似ていると言うことです。それは以下の二つの点について言えます。
まず、値段のレンジの広さです。ハンドバックは機能からすると単なるモノ入れです。モノ入れという機能からだけ見ると、500円くらいの布製の袋から、数十万円するような(もっと高いものもあるのかも知れませんが私は知りませんので)ブランド物のバックまで実に3桁以上もの商品が存在し、しかも夫々の価格の商品を買うお客さんがいるのです。ある人は、このブランドのバックで無ければ持たないといい、また別のある人は汚れても無くなっても気にならない安い布製の手提げ袋がいいと言います。千倍以上の価格の開きがありながら、夫々の商品が求められる市場の広さ、奥行きがあるのが「手提げ袋(ハンドバック)」なのです。
一方、カメラも写真を撮るという機能だけ考えたらレンズ付きフィルムからライカ製のようなカメラまで、丁度同じように数百円から百万円くらいまで存在し、夫々にそのお金を払って買いたいと言っていただけるお客様がいらっしゃるのです。ある人は、写真を撮る場合にも、持つことにもライカというカメラに無上の喜びを感じ、またある人は高々写真を撮るだけならレンズ付きフィルムで充分、壊しても無くしてもそんなに気にならない気軽さが一番いいと言います。
もう一つは、ブランドの力です。ハンドバックは皮の品質・仕上げの丁寧さ・デザイン、どれをとっても甲乙つけがたい2つの商品があったとして、最後に口金のところに小さくブランドのロゴかあるか無いかだけの違いで値段が何倍も違ってくるのです。カメラも同じで、ブランドの無いメーカがどんなに良い商品を作ったとしても、それは若干高く売れることはあっても、何倍もの値段では買う人がいないのです。こうした、商品価格を何倍にも高めるブランド力が通じるかどうか、それがハンドバックとカメラに共通していると思っています。
これは、他の家電製品やAV機器(*1) などと比べるととても顕著です。確かに家電製品にもブランドの差があり、同じような製品が高かったり安かったりしますが、同じ機能の製品が何倍もするということは無いでしょう(*2)。同じように量産される機械製品でありながら、カメラのようなこうした特徴をもった商品は他には見あたりません。カメラという商品はこのように市場規模からすれば他の製品とは比べ物にならないくらいの小さな商品ですが、他の製品には無い特徴があり、それ故にコンシューマ製品の縮図とも言える面白さを持っています。私はこの商品と関わりながら、商品開発や商品の企画の面白さを学んできました。

以下、そうした経験から学んだことを幾つか上げてみます。

(*1)
最近の家電品は、ほんの少し様相が変わってきています。例えば、薄型TVが登場する前のブラウン管TVしかなかった頃は、TVと言えば 14インチで2万円前後、20インチでも5万円程度という相場でした。ブラウン管は画面を大きくしようとするとどうしても奥行きも必要で、巨大な固まりになってしまいます。だから、あまり大画面の人気もなく、大画面TVに高額な費用を払う人もいませんでした。
それが、液晶を始めとした薄型表示デバイスが実用化されてからは大画面化しても「壁掛け」が可能なくらい設置面積をとらないことと、地上波デジタル放送やビデオカセットに代わって DVDプレーヤーが実用化されたためコンテンツの画質も向上して表示の差が明確になったこともあり、100万円近いTVが売れるようになりました。また、社名自体が低価格商品のイメージの強い某社は、国内工場の生き残り策として国産デバイスの品質の訴求のために液晶TVに「○山モデル」なるブランドを付けて若干の価格差の意味づけをしようとしています。
(*2)
一昔前のオーディオ製品は、ブランドによって随分値段が違ったような気がします。西ドイツの有名ブランドは100万円以上しているのに、国産品なら一桁の下の方でも買えました。それらの音がどれくらい違うのかというと、ごく一部の人しか分からないような違いでしかありませんでした。しかし、真空管がトランジスタやICに代わり、LPレコードがCDに代わるあたりから有名ブランドが姿を消し、高機能化と価格の画一化に拍車がかかりました。



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