岡目八目 その 3

●  銀行の統合・救済より IPマップでメーカの統合を

特許は製造原価に入らない?
メーカであれば、特許の大切さは身にしみて感じていると思います。 特許戦略という、経営戦略に匹敵する戦略に成功して地歩を築いているメーカも あります。そして国ごとの特許出願数や、登録数を比べて日本の技術力がどうのこうのと 騒がれることもあります。
しかし、実際のところ特許の力で市場への参入障壁を作って利益を1社で享受したという例は実際にはそんなに多くは無いのではないでしょうか。 多くの場合、基本特許は何処か目聡い会社が保有していたとしても、製品を製造するためにはその他多くの特許が必要となり、結局それらの一部でも他社に握られた場合、その特許をネタに基本特許のクロスライセンスを迫られると、なかなか拒絶することは難しくなります。
そして、ビジネスをするところがほぼ均等に特許を持ってしまうと、これらの会社同士では クロスライセンスによってライセンス料が払われずにお互いの特許の使用が可能となってしまいます。この場合、クロスライセンスしあった会社以外には市場参入できないはずですから、このような有利な特許を保有している分、お互いに製品を高く売って利益を上げないと、この特許の価値と言うものはないと言うことになります。しかし、メーカー同士ではこうしたことは難しく、シェア競争の結果として価格競争が起こり、薄利な市場に移行してしまうのです。
もちろん、こうしたメーカ同士が価格を談合して維持しようとするのは論外ですが、 自社保有特許と言うものに割り振られた「製造原価」という概念を持ち込むことで この問題が顕在化します。
最近、発明者個人への報償料が話題になり、クロスライセンスの価値の問題が話題になることもありますが、これは政治や経営が長いことこの問題に無関心でいたことの歪の結果ともとれます。

保有特許には税金がかからない
特許は財産だと言うことは、メーカならどこも疑いません。しかし、一般的に財産はそれを取得したときと、利益のために利用したとき、処分したときでそれぞれ相応の税金が科されたり、経営指標への算入が行われるのに、こうした計算にライセンス料以外の特許力が組み込まれることは殆どありません。皮肉なことに会社が清算される時を除いては。
もちろん、特許は無形の財産で、他の技術や市場の状況に応じてその価値が変化しますから、その評価の難しさと言う問題があります。しかし、日本の会社は数段評価が困難な「社員の能力」の評価を「絶対評価」と称して概ね半年毎に律儀に実施しているのです。無形とは言え細心な特許審査官の吟味を経た公告広報などは非常に具体的な技術であり評価が出来ない理由はありません。少なくとも、クロスライセンスされたり、製品に利用されたりしている特許の価値は今でも何らかの形で評価されているはずです。
ところでこの保有・使用特許に対しては、他社に有料でライセンスしたライセンス収入を除いては課税がありません。クロスライセンスもお互いにライセンス料の物々交換をしているに過ぎませんから本来は課税されてもおかしくない筈です。これはおそらく、こうした特許を使用した企業活動を行えばそれだけ利益が得られることにより、その最終利益に課税すれば良いという事かも知れません。確かに、国内で生まれた特許を使用して国内で製造していた時代はそれでも良かったのかもしれません。
しかし、製造拠点がどんどん海外に移転されてしまった現在は歪だけが残されているような気がします。現状は国内で生まれた特許を使用しながら、海外で生産し海外に販売する時代です。もちろん、日本企業が海外で生産し海外に販売しても、上がった利益には課税がされます。しかし国内での生産活動と比べたらそこに発生する税金や国内に還流する資金は数段少なくなってしまうはずです。
ここでは、比較的理解しやすい「特許」に関して取り上げましたが、実は特許と言うのはモノを製造する上で必要となる知的財産(IP)のうちのホンの一部に過ぎないのです。製造装置や製造図面を始めとして、製造手順書など国内で確立され海外に無造作に持ち出される知的財産は膨大な量に上ります。国家の安全・利益と言う観点から長い目で見た場合、もしかして輸出貿易管理令(旧 COCOM)などに固執するよりもこちらに注目するべきかもしれません。

富と特許は偏在するほど価値がある
物理学と一緒で世の中の力と言うものは、均衡していると何も力が無いのと同じで、運動はおきません。均衡が破られると、その力の差に応じて運動が行われます。 つまり世の中の力 即ち「権利」「力」「金」「核」何でも不均衡で集中しないと価値がないことになります。
今の日本の製造業は、皆でIPを持ちあって安全保障を獲得し、何も払わない代わりに何も得られず、結局IPに対して何もしなかったのと同じ状態でしかありません。最悪なのはモノ作りのIPに関して日本全体では莫大な権利を保有しているにも拘わらず、各社の権利が分散して均衡している分、権利を持たないところにとっては参入障壁が低くなってしまい、海外組の浸食を容易に許してしまっていると言うことです。更にどこか1社でも抜け駆けして、海外メーカーにライセンスを与えた途端に、参入障壁は無いに等しくなってしまいます。
海外にはこれと正反対の好例があります。そう、韓国のサムスン電子です。10年前には日本メーカーの足元にも及ばなかった同社は、特に1997年12月のIMF融資後、韓国政府の肝いりで資金を集中し、設備投資と共に日本をはじめとする先行メーカーからIPのライセンスを受けて、その傘の下でモノ作りに勤しみ、あっと言う間に全ての日本メーカーを追い越して世界第2位の地位を確保してしまったのです。今や日本メーカーが1ー2社で対抗してもとてもかなわないくらいの力を付けてしまいました。もしこれが、3社も4社も競合するそれ以前の状況のままだったら、資金はもちろん人材も市場も分散し無用な競争があったはずで、とてもこんな急激な成長は不可能だったと思われます。
とにかく日本の経営者は、皆サラリーマンで、今日の問題を予想しつつも自分の在職中の事しか考えずに、他社にライセンスされるくらいなら、当面少しでも有利になるように自分でライセンスしてしまおうと、買い手市場で非常に低い料率でライセンスを与えたのだと思います。その結果瞬く間に各社のIPは流出し海外メーカーの参入と追従を許してしまったのです。

ちょっと無駄話:「田中さん」と「中村さん」
最初にも述べた通り、企業の経営者なら特許などの知的財産を大切だと思っていない人はいないでしょう。でも残念なことに、日本の経営者で自らが競争に有効な特許を発案した人は殆どいません。サラリーマン社長にとって「大切な財産」も頭の中の価値でしかなく、所詮は「他人の子供」なのです。なまじ他人の子供は有能に育つとロクなことにはなりません。経営の根幹に寄与するような特許があったら自分の存在が危うくなるとまでは考えないとしても、他社に劣らない程度にほどほどの価値と評価された方が経営はやりやすいと考えているのかも知れません。もっと分かり易い言い方をするなら、経営者にとって今後も無駄口をたたかない「田中さん」は理想的な技術者で、反対に莫大な利益をもたらしても「中村さん」は五月蝿い厄介者に違いありません。
ちょっと話が横道に逸れてしまいました。

2兆円でメーカの統合と先行投資を
さんざん説明したように、今の日本では国全体の利益の源泉となる産業が弱体化し、国内へ資金の還流が行われていませんから、どんなに金融だけを助成してもダメです。血液が少ないために血圧が下がっているのに、心臓だけをペースメーカで補助して血流を保っているようなもので、自らの意思で鼓動することを忘れた心臓はペースメーカを外せばすぐに心筋梗塞を起こして止まってしまいます。バブルを経験したことで、金融業界は泡までも血液として送り出すために心臓を肥大化してしまい、その結果図体の大きさに比べて虚弱な心臓が多くなりすぎましたから、1行や2行と言わず、半分くらいの心臓は優生保護法で統合整理しないと心臓を動かす血液自体が無駄になってしまいます。そしてこうした無駄を集めて、造血作用を促す臓器にこそカンフル剤を注つ必要があるのです。
日本の血液を生み出す源はやはり製造業です。この製造業を国際競争力があるように再生するために、単に賃率で競争するのではなく、賃率差以上の付加価値をつけられるように逆に人財の処遇を行い新しい知的財産を生み出させると共に、知財権に注目して製造業再編を促進し、遊休知財権や潜在知財権を顕在知財権として生きた財産にすることが確実で早道だと思われます。
隣国に倣うまでも無く、たとえ<準>IMF体制下であったとしても、人財にだけは投資を行い、海外に散逸した多くの「中村さん」を呼び戻し、複数の企業が重複した開発投資を行わずにより先端の技術開発に向けた集中投資を行うような的を得た政策がないと、5年後には<純>IMF体制と言うシャレにならない事態になってしまいます。


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