オートレンジの測定器が技術者をダメにした?
若い技術者が技術検討を終えてレポートを提出してくる。
私は普段からレポートの1ページ目の書き方に付いては 非常にうるさい。 レポートの1ページ目とは第一印象を決めるという意味で、 まさしくそのレポートの顔であって、 そのレポートが他の人に読まれて、自分の仕事が他人に 理解してもらえるか否かを決める顔である。 たとえ非常に貴重な内容を含んでいる検討レポートで あったとしても、1ページ目の書き方が難解であったら 読もうという気力が削がれてしまい、ただの紙きれに なってしまう。 3分間で検討の概略が読み取れるようでないと、折角の 汗の結晶も忙しい上司からは判子を押されこそすれ、 適切な評価をしてもらえない。 私に限らず、一般的に技術屋という人種は思い込みが激しく、 他人の仕事内容を深くは知りたがらず、自己以外の 業績に対しては適切な評価をしたがらない。 そんな人にとって難解な表紙のレポートは 読まないための格好の口実を与えているような物だ。 だからレポートの1ページ目は最大限読みやすく、 内容が把握しやすいように書く必要があると繰り返し 指導している。
それが、1分とかからないうちにミスを見つけて レポートを突き返さなければならない場合がよくある。 明らかに結果の数値がおかしい、場合によっては1桁以上も 結果が違っていて mAオーダーでDCモーターが 回転していたりするレポートがあったりするのである。 何通かめにこうしたレポートを受けとって私は悩んだ。 如何に経験に差があろうとも私が1分で気づく間違いに、 何時間も何日もかかって検討し、さらにレポート作成に際しても 結果の見直しをしたであろう本人が何故気づかないのか? 
そしてある時、自分で実験をしながら私はふと思った。

「オートレンジの測定器のせいだ!」

昔我々が高校生の頃、真空管で(カビ臭い話だが) ラジオを作ったときは、電流を測定しようとすれば、 まずその回路にはどれ位電流が流れるか考えてから 電流計をつないだものだ。 レンジを間違えてつなごうものなら、当時の電流計の針は ピーンと振切れて、一瞬にして曲がって使いものに ならなくなってしまうことすらあった。 実験室の棚にはいつも針の曲がったメーターが いくつかさらし物のように並べられ、こんなヘマを しないようにと忠告していたものだ。 学校の理科室で貴重なメーターの針を曲げた者は 先生からひどく怒られ、以後しばらくは使わせてもらえない ことも仕方のないことであった。 だからメーターを使って測定をしようとする者は誰でも最初に、
・ この回路に電流は一体いくら流れるべきか
・ 条件によるバラツキはどれくらいか
・ レンジは余裕をみるといくらにすべきか。
等々・・・必然的に考えざるを得なかった。 従って電源を投入する時は既に測定結果に対する 期待値が頭の中にあって、実験とは即ちこの期待値と 実際の結果との照合作業であった。 その習慣は例えオートレンジの測定器を使うようになっても 消えることはなく、期待値と結果が異なれば測定結果を書き写す前に その場で 「何が違うのか・設計に間違いはないか・考え落ちの条件はないか」 等々すざましい勢いで脳ミソが回転を始める。 そうしたことが繰り返されて実験検討が終了するまでにほとんどの ミスは発見され、その場に居合わせない他人からデータの間違いを 指摘されることなど考えられない。

  ところが最近はどうだろう。 今はオートレンジで高精度のマルチメーターが、 アナログメーターよりはるかに安価に入手出来る時代である。 色々細かな事を考えずとも、つなげばすべて結果が出てくる。 例え電流モードと電圧モードが違ったって、まず壊れることはない。 測定モードもレンジもリミッターが働いてオーバーレンジになってから 切換えればいい。 3桁以上の精度を必要とする測定だろうと、 何の工夫もせずにいきなりメーターをつなげば (その結果に意味があるか否かは別とすれば) デジタルで4桁も5桁も表示される。 通常有効数字3桁以上の精度の実験は色々な工夫をし、 細心の注意を払って行わなければ意味がないはずである。 しかし高精度測定器では、とにもかくにも結果が得られるのである。

  「いろいろ考えるよりはまずつないで見るのが早い。 高精度な測定器の表示した結果は真実であり、疑うことなど徒労に過ぎない。 やってみて測定器に<オーバーレンジ>と怒られたら、そこで考えればいい。」

という習慣が普通になったとしても不思議ではない。 期待値を持たないままに実験に臨んだり、 持っていたとしても逆に期待値を結果に迎合させてしまう習慣が 普通になってしまう。 現代はこのようにして、目の前の結果を疑うチャンスを 便利な測定器に奪われてしまった技術屋が乱造されているのではないだろうか。 いわば小学生が筆算を習わないで、いきなり電卓で足し算を するようなものかもしれない。 確かに電卓は入力値と表示結果の間に誤差が入り込む余地はないが、 入力ミスと表示の読取りミスは人間の常という事が分かっている者は、 いつも計算結果の桁数なり上位2桁くらいの確かめは暗算でしているものだ。 あるいは自動車という文明の利器がはびこって、 人間が本来身に付けるはずの脚力を奪いつつある現代の症状と 似ているかも知れない。

  便利な測定器が技術者の能力の醸成を阻害してしまったのだ。


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