【Ⅲ】 番外編 その4


ドキュメント履歴: 2011-05-17 初回アップ

Ⅲ-4.技術を栽培する!

 このページは、私が工場転勤した 40台前半の頃、 それまで所属していた技術職場で悩んでいた事 <他社と比べてアウトプットが出ないのは何故か、如何にアウトプットを出し続けるか、そのために組織に欠けているのは何か> について、ふとした切り口で考えて文章にしたものです。最近ファイルの整理中に偶然見つけて懐かしく思い記憶の糸をたどると、当時の上司にぶつけた記憶はあるのですが、リアクションがあった記憶はないので恐らく一顧だにされなかったと思われる遺産です。
 それもそのはず。当時の私には、こんなことを書きながら 自らがその任に当たるという決意はありませんでした。まだまだ直接モノづくりの先頭を走っていたい。人の手でなく自分の手で直接モノに触りたい。そんな欲望に封印をすることはとても無理なことでしたから。
そんな無責任な「遠吠え」ですが、まぁ こんな考えもある、という程度に読んでいただければと思いアップします。
時まさしく、某超大手家電メーカーの苦境を目にして、もしかしたらあの会社にも技術栽培という文化はなかったのかも知れないなぁ、などと考えています。「真似下」などと揶揄されていましたから。


0.日曜菜園体験
工場に転勤したのを機に妻が小さな猫の額ほどの畑を借りて家庭菜園を始めた。夏休みの一日、そこで一緒に土に親しみつつ、農業と技術屋の相関性について、ややこじつけ気味ながら考えてみた。

1.狩猟文化と栽培文化
 日本列島では今から約 2千数百年前の縄文の時代から弥生の時代を境に、食料の入手方法がそれまでの狩猟と採取のみという形態から、大陸から伝来した稲作栽培へと転換した。従って日本人にとって栽培文化は2千数百年の歴史を持つことになる。この歴史の中で、日本人は狭く限られた土地からいかに多くの収穫を得るかという命題と常に取り組んで来た事になる。そこから得られた結論は「土作りの大切さ」ではなかっただろうか。
 稲作栽培とはただ単に種を播き、収穫するのではない。去年収穫した同じ田に今年も稲を作る。そのためには種を播くはるか以前より堆肥などの有機肥料を土になじませ、播いた種が発芽する瞬間から最適の条件が与えられるように骨身を惜しまず土作りをする。そうすれば労働効率は悪くとも、限られた土地からの収穫量は最大になることを経験的に学んだのだろう。いわば限られた土地資源の効率的利用ということになる。
 しかし、こうした貴重な経験則も、戦後伝わったアメリカ式の化学肥料農法と食料輸入によって衰退し、いつしかほとんど忘れ去られてしまった。一方明治以降急速に発展した工業は欧米の技術を模倣することで最大の効率を追及して来た。新たに技術を育てるよりは、模倣=育った技術を採取する方が当たり外れがなく効率もいい。
 いわば2千数百年の時空をまたいで、日本人の多くは土を耕し作物を栽培することを忘れ再び狩猟型、もしくは採取型人種へと逆戻りしてしまったのではないか。

2.採取型技術文化の限界
 前述の採取型技術文化とでも云うべき習慣は、自分達が必要とする「儲かる技術」は苦労して栽培しなくとも、欧米に行けばころがっているから採取してくれば事足りるという感覚に経営者を始め多くの技術者までを馴染ませてきたように思う。更に業界の技術が欧米を追い越したとしても、少なくとも2番手を走っているうちは先行他社の技術を吸収していれば良い。真の技術開発など労多きことには目もくれず、せいぜい組み合わせ技術で目先を変えていればそこそこの成果が上げられる。それよりもユーザーの好みに合った口当たりの良いヒット商品を作ったほうが何倍も儲かる。
 ところが2流企業から業界トップに躍り出るためには、この路線の単なる延長ではない全く別のアプローチが必要になる。即ち採取型技術から栽培型技術へと文化の脱皮無くしてはヒットを当てて一時トップに浮上したかに見えても、すぐに再び2番手へと逆戻りを余儀なくされる。
何故かといえばトップになった途端、採取すべき獲物[見本の技術]がすでに失われており、そこからは自らが先行して模倣される[栽培]をする以外に無いのだから。
 しかし厄介なことにこの技術栽培は、トップになったところから気づいて慌てて始めても遅い。収穫のはるか以前に種を播き、さらには種まきに先だって土作りをしておく。こうした努力をしたとしても収穫までの間は他の畑とそう大きな違いは見えない。ところがやがて収穫の時期になって初めて他の畑より収穫量が多く品質も高いことに気づかされる。確かに採取だけしていれば良かった時代と較べれば必要な労力は多く効率は悪く思われるが、しかし一方でトップランナーがトップであり続けられる確実な唯一の方策でもある。
 つまり業界トップに躍り出て独走するための技術戦略とは、効率の良い2番手の戦略とは別ものの戦略が必要になるのではないだろうか。

3.アメリカ型農業と日本型農業
 土作りに関連してもうひとつ違った比喩をしてみよう。
 北米大陸は今もって世界の穀物倉庫であることに変わりはない。しかし一部の科学者の言うことが正しければ、アメリカの大地はまもなく養分を十分に含んだ土から有機物の失われた ただの砂に覆われる事になるという。北米大陸がいままで豊かな穀物生産を維持できてきたのは、何百万年間もの間北米の大地が草原として推移する間に、その表面にわずか数10cmの有機物の層が堆積してきた結果であって、しかしその有機物ももはやこれまでの100年に満たない穀物生産により作物に吸いつくされ、再び何百万年も前と同じ荒れた砂の大地に帰ろうとしているという。日本の農家が土作りをしながら同じ田を2千年以上も作り続けて来たのとは基本的に違うらしい。
 技術の世界においても同じようなことは言えないだろうか。今まではアメリカ農業型でよかった。先進技術という豊かな栄養分を含んだ技術世界に、柔軟な頭脳を持った新しい技術者という種を大量に採用して播き、彼らに既に存在する技術を吸収させて製品化させれば、手っ取り早く豊かな稔りとなってそれが売れた。日本人の勤勉さ、品質信奉の右ならえ主義、欧米に比べれば低賃金であることがそれを可能にした。作付けする作物は大量に効率よく収穫できる作物なら何でも良かった。安く品質の良い製品を作りさえすれば、世界の人々は渇いた土地が水を吸うように Made in Japanを買ってくれた。しかし先頭に立った日本にとって既に蒔いた種が吸収すべき養分は吸い尽くして枯渇してしまった。これからは日本がやってきたことをNIEsが模倣して収穫するだけである。単なる栽培で済む「古き良き時代」もすでに過ぎ去ってしまった。これからは例え元は痩せた土地であっても確実に収穫すべく、土作りをしてから種を播いて収穫せざるを得ない。しかも蒔く種たるべき新しい技術者の数も限界に来た。無策に大量の種を蒔き、運良く発芽した苗だけを栽培する余裕はなく、播いた種は確実に実らせるしかない。

4.土作り・栽培・収穫のバランス
 とりとめもない百姓の話をして来たが、メーカーの開発部門においては、土作りを人作り・栽培を技術開発・収穫を商品化と置き換えれば良いのではないか。そして当社が得意とする技はやはり収穫>栽培>土作りの順になるのではないか。いや、収穫が得意すぎる余りに、困った時も土作りはもちろん栽培から取り組まないで、つい収穫にだけ頼ってしまう、近年の環境から栽培が大事/当然土作りもと言いつつ、頭の片隅にはいつも最後は収穫さえ得意なら何とかなるさ、という感覚(=ヒット商品信奉)が我々の頭の片隅に染みついてはいないだろうか。
 最近の話であるが、新製品の生産立上げ中の新製品でAE(自動露出)調整が規格を外れてしまうという問題が発生した。設計者から原因を聞き始めてしばらくの間、私にはなぜ調整できないのか理解できなかった。必要な調整データも調整レンジもある、調整できないわけが無いと考えた。しかし最終的にプログラムのコーディングを自分で追いかけてみて、実際にはその部分のソフトウェア設計者が全くAEシステムの概念を理解していないため、入れ込んだ調整データが狙いの機能をしていないことが解って唖然とした。その設計者は先人の作ったソフトを見様見真似で移植したようだが、それぞれのデータが持つ意味を理解できないまま、試作で遭遇した不具合の対策で類似ではあるが本来の狙いとは全く違うアルゴリズムに変えていた。単に AEの概念が頭に入っていれば防げたミスである。更にこの不具合の指摘をすると、対策に当たって彼はコーディングを治すと主張した。試作の早い段階ならともかく、生産を間近に控えているのにコーディングを修正したらデバックやら何やらで数日単位で日程が遅れる事態になってしまう。しかし 私の斜め読みでは彼自ら埋め込んだ全く目的の違う別の調整値を若干シフトすることで「幸運にも」不具合は現象除去できるはずであり、そのことを彼に提案すると怪訝そうな顔をされた。しかし調整値のシフトの確認は 5分もかからない。論より証拠で問題の実機で検証して初めて彼は納得したが、 AE制御の概念が理解できてさえいればアドバイスされなくとも気づいたはずである。不具合は直っても私の頭の霧は一層深くなった出来事だった。
 土作りをしないまま種を播いて軽い穂を無理やり刈り入れしようとする/A Eシステムを概念的にすら理解できない設計者に調整できないカメラを設計させる・・・ いずれも非常にもろく危うい行為に思えてならない。
もちろん私がこんな回りくどい言い方をしなくとも、技術開発・人材育成が無視されている訳ではないし、事実いつも両者は方針展開の上位に掲げられている。それでも現実は余り良い稲が育っていないとしたら、やはり土作りの方法に問題があると考えるべきだろう。

5.農夫の能力は1年限りの豊作では量れない
 偶然今年が豊作だったとして、それだけでその農夫の能力が長けているとは限らない。むしろ作り始めはそこそこでも5年・10年と経るに従い、土作りをしながらその土地・その風土にあった作物を選び収量を確実に増やしていき、土地を相続するときにその地力を最高に高めた農夫がいたとしたら、彼は最高の農夫ではないか。
 一時のヒット商品は個人能力によっても可能となるが、常に業績を伸ばして業界で1流と目されるようになるためには10年以上の歳月が必要になる。例えば私が入社した昭和40年代後半にC社は電卓事業が失敗して業績を危うくしている以外、外見上は単なる1カメラメーカーに過ぎなかった。ただ特許を読む度に、電気技術の出願に関する発明者の数が当社の10倍近いこと、出願の仕方が重畳爆撃的であることが私には脅威に思われた。果せるかな昭和60年頃にはすでに技術レベルはカメラメーカーとしては他社から頭一つも二つも抜け出して、家電メーカーと渡り合えるところまで来ていた。その間にヒットした商品の数は当社と較べて多くはないが、長期戦略に基づく着実な技術の詰まった商品を並べてきたと言ってよいだろう。
 この間にどのような戦略があったのか他社のことで詳しくは知らないが、私の推測するところ畳んだ電卓事業で育てたデジタル技術(者)が本業のカメラの電子化技術の養分として効いたのではないだろうか。選んだ作物が気候に合わずに時には失敗することがあっても、じっくりと土地を肥やしてさえいれば、やがて時流にあった作物が見つかった時には、他には絶対に負けない作物が育ち、毎年豊かな収穫が訪れるのではないか。
 逆に一時の収穫を焦るあまり、その土地の養分を吸い尽くして作物を作ったとしたら、彼の代はそこそこ収穫出来ても跡取りの代には、やせ衰えた土地に凶作しか訪れない。
 技術職場ではその時々のアウトプットでもって管理者の成績評価をしてもよいが、能力は <彼の土地の地力=数年後のアウトプット>で判断すべきではないか。でないとすれば短期の業績評価しかされないのに遠い将来のことを考えて手間暇かけて土作りをする者はいなくなるだろう。

6.組織には土作りの専門家が必要
 最近では、日本の農業でも化学肥料一辺倒の農業に限界を感じ、有期肥料による土作りを研究しているところもあるという。個人経営色が強い農業ではともかく、メーカーは組織で活動をしている。云うまでも無く組織とは多くの人によって成り立っているから一人で土作りから刈り入れまでするのは非効率的である。機能分化していない組織では毎年の刈り入れの催促の中では、つい土作りのことを二の次にしてしまうのも無理からぬ。この数年間我々の組織の管理機能は随分と細分化し専門家が配置されてきたが、肝心の土作りの専門家という役割の人はまだいた試しがないのが不思議である。
 全社の人事施策にも開発の独自施策にも、技術者の知識向上策以上の能力向上策は見られない。開発独自の技術者育成力リキュラムとして工場開発とのローテーションがあるが、その実態は開発者育成というよりは設計者育成に近い。開発者の能力と設計者の能力の違いについての私見を述べるのは別の機会に譲るとして、工場開発にいて毎年新人の育成が大きなウェイトである今の私の立場から見ると、現状の制度は平均的設計者を安易に育てるのには都合が良いが、意図して一流の技術開発者を育てるという目論見からは程遠いと云わざるを得ない。OJTという成行き任せの方便では5年後の成果も現状のリニアな(どちらかといえば右肩下がりの)延長線上にしかプロットされないだろう。
 作物の実りが悪いのは土地が痩せているためと思ったら、土作りは土作りの専門家を明確化し、専任者に任せて研鑽させるのも方法ではないだろうか。

7.収量の多い新品種は突然変異からは生れない
 今や農業の世界において、その土壌・気候にあった収量の多い新品種は探して見つけるものから、遺伝子操作をして作り出すものというところまで進歩してきた。遺伝子操作はともかくとして、交配合による品種改良は常識である。こうして作られた新品種は、数本の苗からやがて同じDNAの何万本という苗に育てられていく。
 開発者・技術者というものも同じではないだろうか。偶然に非常に優れた能力の新人が入社してくるのを待っていてもらちが開かない。例え運良く入社したとしても、放っておけば優れた開発者が優れた後継者を育てるとは限らない。違う見方をすれば、1人の優れた開発者を採用するために10人の新人を採用して、9人を普通の設計者のまま置いておくのでは余りに効率が悪い。10人全部と言わないまでも、積極的に開発者としての能力を磨かせて、せめて半分くらいの人は収穫が見込めるようにしたい。
 大学進学率が3割に達し、しかも大学合格が唯一の目標である促成栽培法で育てられた世代が入社してくる今日、20年前と同じ育成方法のままでは個人能力はどんどん低下していって当然である。例えば<論理を組立て、その実証のための実験を計画し、目の前の事象を全身のセンサーを集中して捉え、仮説を立てて解析し、納得がいく結論を導く>といった能力が要求されているのに、受験勉強以外の経験が皆無の世代に、さらに上っ面の知識を詰め込んだからといって成果は見込めない。入社1年目に、単なる知識の詰め込みや浅い経験だけではない、開発者として必要な「本当の能力の開発」を徹底的にやってみてはどうだろう。仮に1人の専任者が5年後に10人の真の開発者を産み出すとしたら、一人の専任者と新人の1年間は確実に意味あるものになるはずである。

著作権は Y.Nakajima に属します。 無断転載は禁じます。


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