【U】 頭脳労働へのヒント



ドキュメント履歴: 2003-08-xx 初回アップ

U−6.組織は適材適所

 どんな人間も万能な者はいない。
必ず得手不得手があるものだし、例え万能な人間が居たとしても、その人が一人で組織の全ての仕事を受け持つわけにはいかないのである。いろんな仕事が沢山あって、それを何人もの人間で分担してこなすために組織が存在し、効率を上げるために業務遂行システムが考えられている。平均的な能力を有する人ばかりが集まって均等に仕事を割り振っても仕事は出来るがそれは架空の話である。様々な能力を持った担当者にうまく仕事を振り分けて仕事をした方が効率がいいし、個人の満足感にもつながってその組織のパワーがより増幅されるはずである。
 話は外れるが「三国史」には色々なタイプの英雄が数多く登場する。勇猛果敢で見るからに猛々しく剣を振りかざして突進しただけで敵が戦意を喪失して逃げてしまうような武将やら、アイデアに長けており戦況をよく捉えて敵の裏をかくことが得意な武将やら、武力には何の才も無いが人望が厚くそれらの武将連中を味方に付けて国を興せる大将やらが実に巧妙な組み合わせで登場する。そして彼らが戦に勝ちをおさめられるのは、各武将を夫々の能力に応じた戦場に配置して戦わせる大将がいて、更にその状況を理解して己の責任を全うすることに全力を注ぐ武将がいる場合である。これに対して大将が戦況の判断を誤って各武将の特徴を発揮できないような指示を下したり、或いは武将が戦功を焦るあまり与えられた役割を無視した時は、明らかに戦況優位な立場にあっても負け戦となる。いずれにしてもなるべく得手た仕事を部下に与えてその役割に応じた目的意識を持たせなくては、かけがえの無い部下に負け戦を強いることになる。
 三国史の例を待つまでもなく現代においても、他人より優れた才能を発揮する機会を与えられた者は幸せである。例え相対的に他人より劣っている能力でも、自己の中で最高の能力を発揮できている事が自分で認識できていれば救いである。逆に組織の中で自己の能力が生かされていないと思ったときにはやる気が失われる。三国史の中でも、己の能力に目覚めている者ほどその起用には敏感である。
 組織の管理者の使命は、メンバーの能力と組織の仕事を睨みつつ適材適所を心がけ、各々の部下の次の或いはそのまた次の仕事をどうするか、その仕事によって彼の能力はどう発揮され、またどう伸ばされるかを常に考えることにある。人間の能力とは決して留まっているものではない。新しい経験をすることによって目覚ましく伸びる人がいるかと思うと、最初はぎこちなくとも繰り返すことによって習熟して高い達成度を示す人もいる。また同じ仕事を何回も繰り返す事によって沈滞して気力すらも失われる人もいる。
 開発者などの、ルーチンワークではなくその度に新しい仕事に挑戦をしなければならない者にとって一番大切な経験は成功体験である。一つの製品を立上げる中では何回も壁にぶつかってその度に「もしかしたらこの問題に適正解は無いのかも知れない。」と挫けそうになることがあるものだ。特にプロジェクトの早い段階においては、比較的時間的な余裕も方法の選択肢も多い。しかし頂上を窺うようになってからの最後の胸突き八町でぶつかった壁はそれほど甘くない。与えられた時間は殆ど残されておらず、打てる手も僅かしか考えられない。頭をよぎるのは「ああ、あの時何でもうちょっと深く考えておかなかったんだろう。あのときに気付いていればどうって事無い問題だったのに。」などと後ろ向きの考えしか浮かんでこない。しかし、こうした後悔をしているくらいだったら、「この間もそう思いつつ結局は成功したではないか。今回も頑張ればきっといい解決策が見つかるに違いない。」と思えれば頭も働いていい知恵も出てくる。逆に「もうだめかも知れない。」と諦めた瞬間に、何が何でも解決しなければならないと言う責任感と共に頭の回転が失われてしまう。職場で「ツキのない」と言われる人は最初のテー?でくじけてしまった人が意外と多い。言うまでもないが開発者の持てる能力の発揮の必要条件に成功体験は欠かせない。この成功体験を積ませる人材の起用が次の組織の力になるはずである。

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